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【悩んでる人へ】人間の価値について



▢人間の価値は何で決まるか?



多くの人が考える人間の価値とは値段という意味ではなく、その集団に良い効果をもたらす

要は役に立つ度合い希少性の2つを指している場合が多いと考えます。

例えば医者は医学を学び、試験を合格し医師免許を習得し、仕事を辞めるまでの間に何千何万と病気を治します。

誰もが成れる訳ではない希少性と社会に病気を治す有効性を示しているので、医師は多くの人から尊敬され、職業的価値が高いと認識されやすく

もう1つは有名人やスポーツ選手などは、食物を作る、医師、警察、消防、自衛隊、インフラ系の仕事と比べ

社会に絶対なくてはなくてはならない職業ではありませんが、TVに出演出来る人の総量と目指す人に対しての成功者の比率を考慮すると

希少性に特化した職業であることが分かります。

なので多くの人が有名人を目にするとサインをもらったり、握手をしてもらったりする。

それに反して、役に立つ度合いが低く、希少性の少ないものは価値が低いと判断されてしまう場合が多く

あえてオブラートに包まずに書きますと、単純作業の時間給で働くフリーターはそのバイト先では役に立ちますが

社会全体への有用性、希少性は医師や警察官よりも低いと認識されがちであり、更にいうと労働をせず家にいる35歳以下のニート、35歳以上の無職の方々は

働いておらず納税も出来ず、家事も奉仕活動もしてない場合は特に希少性は高めですが、社会への有用性が低いと認識されて価値が低いと思われやすいです。

ただ人の価値というのは、誰側で見るか?で大きく変わる不確実なものです。それを次の項目で解説いたします↓



◇絶対的な価値なんてモノはない?



多くの人は親に教えられ、義務教育や高等教育を経て。社会に出て働いている人間と接し、社会性を身に着けて行きます。

その中で自分の価値観が形成されていきます。

そして多くの人は集団の中で満たされる、自分が役に立っている自己有用感や自分が価値のあるものだと扱われたい承認欲求が大なり小なり形成されており

それを満たす為に一番身近な価値観である、分かりやすく社会の役に立つことを基に自分の行動を考えて行く人が多いと想います。

学校、会社、家族の役に立つ、同じ趣味の人を応援、困っている人の手助けなど、ただこれはある一方から見た価値観でしかありません。

精神疾患や過去のトラウマ、アルコール依存症などで社会から離れ、ひきこもっている人からすれば、上記のような仕事をしている人も奉仕活動している人もそれほど価値を感じません。

地球にもしも意志があり、他の植物や動物と人の価値を天秤にかけたら人が一番価値が低いどころか、地球にとっては自然を壊す害悪でしかなく

日本社会全体で見れば、日本国民の最低限の生活保障を示す為に、生活保護受給者も必要な存在です。

最低限の生活を保障と謳っているわりに、独りも生活保護受給者が確認出来なければ、落ちたらどうなるか?分からない

健康に働いている人々の危機感も強くなるでしょうし、何か理由があり仕事が出来なった際、一時的に制度を利用し療養して復帰する希望も持ちづらくなる

そういう観点から見れば、有用性というのは仕事をしていない人も果たしているので社会への価値はあると考えます。

しかし見る側で大きく変わってしまうのが価値であり、誰もが価値あるとすれば価値があり、地球側のように誰もが価値がないと言えばない。

所詮価値なんて後付けで、そんなものでしかないです。



■それでも人は悩む




”我思う、故に我あり”なんて言葉があり、自分の存在を証明できるのが自分で考えること的な意味でありますが

本を読んだり、人の考えを教えてもらい、いくらその時は納得出来ても人にぞんざいに扱われたりすると

自分は価値の低い人間だからか?と悩む時も出てくるかと思います。

人は深く悩むことが唯一出来る高等な知能を持つ生き物の証明でもあり、しかし、それが自分を苦しめる発端にもなりますが

反芻思考的に同じことを繰り返し悩むのは消耗の割に合わないですが、悩むことで少しでも思考が変化し、答えに少しでも近づいて行けるのであれば

おおいに悩むべきだと私は想います。

誰でも悩みます。それは悩むのが人だからです。

悩みのない時期はあっても生涯悩まず終わる人はいません。

私だって他人から見たらくだらないことで悩みます。自分で振り返ってみると何でこんなことで悩んでたのだろう?とおかしくなるような悩みも過去にはあります。

現在の悩みが将来の大したことではない悩みになっているというのは、成長と捉えることも出来ますが、そのことについて深く悩めなくなったという意味でもあり

その事柄で悩める時期は何か意味があって悩むことが出来るのだと、自分に言い聞かせ、何か抽出出来るものがあれば抽出し

未来へと繋げて行こうと悩みから、解決策へ発展させて行く繰り返しを幾年と経て、人は少しずつ変化して行くものだと思います

この記事を読んでいる方で深く悩み、人生に絶望している方がいらっしゃるのであれば、その時々の程度は違えど悩むのはみんな同じ

自分独りではないことを頭の片隅に置いて欲しい。

そして、他人から見た人の価値なんてモノは誰から見たか?で全然違う上に、ちょっとしたことで暴落したり、急上昇したり、確実性の高いものではないことも理解して欲しいです。

なので人に認めてもらう為に頑張りたい人は、そこに向けて頑張れば良いし、他人の評価より自分にとって価値のある生き方をしたいならそれでも良し

はたまた、ただ死ぬまで生きて行くだけでも良いのです。

”自分なり”に生きて下さい。

という所で今回は終わりにしたいと思います
ここまでの読んで頂きありがとうございました

そんな優しい真面目な皆さんがより豊かになりますように☆('ω')ノ



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