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むるめ辞典–日々−

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#私の不思議体験

むるめ辞典

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■機械

[読]きかい

機の械

[例文]
左手の中指に爪のない友人がいた。幼い頃に布を編む機械に指を巻き込まれて以来、爪が生えてこないのだという。彼の家の敷地には2つ並んだ工場があり、そのうちの一つで事故が起きたらしい。

サッカースクールの始まる前の時間をこの家で過ごしていた私たちに「工場には立ち入らないように」と彼の親は厳しく言いつけていた。

工場が休みの日に一度だけ中に忍び込んだことが

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■遺伝

[読]いでん

遺す伝

[例文]
母親のことが好きだった。
母親にも子供時代があったというから、昔の知らない母のことを知りたかった。

弟ができたとき母親の胎内でその記憶を共有しているんじゃないかという気がした。

生まれたばかりの弟は私をみて笑っていた。私はずいぶん弟の面倒を見たけれど、結局弟も母親についてはなにも知らないまま生まれてきたのだった。顔だって父親似だった。

とにかく私

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■吐息

[読]といき

吐く息

[例文]
彼女の膝の上にのせた頭の中でこれから起こることを考えると肚の奥が熱くなった。喉の奥から滲み出た唾を飲み込む音が大きくて相手に聞こえた気がして恥ずかしかった。

私が小さく咳払いし相手の微笑んでいた唇の閉じたのがスイッチになって空気が変わった。

笑うときにできる彼女の口の端の筋が跡になっていて、その線を人差し指の腹でおさえてみたくなった。そうしながら好

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■高二

[読]こうに

高校の二年

[例文]
進学したクラスの席は窓側の一番後ろだった。ちょうど対角線になる廊下側の一番前の席に座った女の子がかわいくて、その日から後ろ姿を目で追いかけていた。

廊下から入ってくる暖かい春の空気に包まれて、彼女の周りは白とオレンジの色調が混ざり合った陽の光に照らされていた。

肩までの長さの髪にゆるくパーマをかけていて柔らかく膨らんだ髪の束に顔を隠された彼女は

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■月光

[読]げっこう

月の光

[例文]
頭からかぶったシャワーの水が次第に体に流れて全身を浸していくように月の光がベランダに留まっていた闇の影を白い光で洗い流し明るく浸した。外に出てみると月にかかっていた雲がすごいスピードで逃げるように流れていくのが見えた。

それにしても大きい月だったので薄い金糸の刺す輝きの隙間から月の地表が見えそうなくらい近くに感じた。

人間はあそこに降り立ったんだ

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■夜空

[読]夜空

夜の空

[例文]
ベールになっていた雲が右から左に流れていき、その下から粉チーズみたいな星の群れの素顔が現れた。星はまるで陽炎のようにチリチリと揺れていて、果てしない距離の向こうで星は燃えているのだ、と私は思った。

星がつくる陽炎の中央に明滅するものがあった。それは消えては顕れてをゆっくり繰り返していて、その間隔は次第に短くなりやがてはっきりとしたプラチナの光が煌々と輝

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■情熱

[読]

情の熱

[例文]
人の美点よりは欠点ばかりが目に止まってしまうので、せめて自分の作るものは美しくしようと思った。

あれもダメこれもダメだと言ってるうちにキャンプファイヤーの炎のように勢いがついてしまった負の感情は燃えあがって、そもそも何が良かったのかさえわからなくなっていった。

たしかにあったはずの情熱は燃え尽きて、焼け焦げた木の枠組みは黒い灰になろうとしている。

その

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■蝗害

[読]こうがい

蝗の害

[例文]
真っ黒な雨雲が遠くの空に見えた。これは一雨くるなと思って雲が近づいてくるのを見守っていたらなんと翅虫の大群だった。彼らの翅の震える音が空から落ちてきて、太鼓を叩くように地面を揺らした。

地に降り立った翅虫の、作物を咀嚼する口角の鋭い音と翅の振動が混ざりあって世の中のすべての矛盾と理不尽のために作られたような不快な音があたり一帯に響いた。

彼らの牙

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