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むるめ辞典

■機械

[読]きかい

機の械

[例文]
左手の中指に爪のない友人がいた。幼い頃に布を編む機械に指を巻き込まれて以来、爪が生えてこないのだという。彼の家の敷地には2つ並んだ工場があり、そのうちの一つで事故が起きたらしい。

サッカースクールの始まる前の時間をこの家で過ごしていた私たちに「工場には立ち入らないように」と彼の親は厳しく言いつけていた。

工場が休みの日に一度だけ中に忍び込んだことがある。静かに佇む大きな機械の右側に編みかけの糸がピンと張ってあって左側には白い布が折り重なって畳まれていた。

友人の爪を奪った機械には凶悪そうなところは一つもなくて怖いとは思わなかった。晴れた日に川をわたるボートみたいに穏やかに見えた。

電気を消して出て行こうとした時、後ろからカタンと音がした。それからキュイイイキュイイキュイイイという連続音が始まって手前にあった機械がゆっくりと動きだした。消したはずの電気がパッと点いて室内を照らすと同時に、全ての機械が一斉にすごい速さで動き出した。その動きは急に川に投げ出されて溺れる人みたいに必死にこっちに迫ってくるように見えた。

ひっくり返しても鼻血もでないほど血の気の引いた私たちをよそに、爪のない友人はやれやれまたかというふうに機械の方にゆっくり近づいていった。

サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。