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2020年10月の記事一覧

こんな夢を見た

こんな夢を見た



こんな夢を見た。
そこは眠ることを必要としない世界で、人々は一日中布団やベッドに入ることなく、時間をフルで活用していた。
ある日、ぼんやりと空を眺めていた男が、突如記憶を失ったと騒ぎ出した。
日頃からよく分からない言葉を発したり、ぼーっとしている男だった為、気のせいだと皆から言われたが、男はこと細かく記憶が飛んだ状況や、感覚、それに当てはまりそうな造語を作って説明した。
つまりそれは、ただ眠り

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主婦キミエの秘密

主婦キミエの秘密



「わかった。絶対この人が犯人よ」
 ぶよぶよとした贅肉を揺らしながら、キミエは言った。
「えぇ〜? 一番怪しくない人じゃん。絶対違うよ」
 娘は目の前で流れるサスペンスドラマの犯人を推理する母親に正直な気持ちを伝えた。
 数十分後、母親が指し示した男が犯人として、探偵に崖に追いやられていた。
「お母さんすごい! 前も当てたし、そういえばその前も…もしかして百発百中なんじゃない?」
 娘は興奮し

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あざとい

あざとい



 Hama Project(ハマプロジェクト)は、日本の大手事務所によるガールズグループプロジェクトである。
 メンバーそれぞれの男性に対する媚が連なり、大海を泳ぐ”ハマチ”のようにいずれ立派な鰤(ブりっ子)になる存在を発掘・育成するというH.M.Chiiの想いから「Hama Project」と命名された。
 本日は、そんなHama C選抜オーディションの日である。
「失礼しますぅ。はぢめまし

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お弁当箱の闘争

お弁当箱の闘争



 キリンさん組とぞうさん組は、本日近くの公園へピクニックに出かける。
園児たちは、瞳を輝かせて鼻息を荒くし、テンションをこれ以上無いくらい上げてオーバーヒート、楽しみのあまり昨晩眠れなかった子どもは鼻血を噴いた。
 彼ら彼女らの楽しみはというと、もっぱらお昼のお弁当。
 うきうきとした気持ちは背負われたリュックの中の、お弁当箱の中にまで揺すぶられて波紋。お弁当箱の具材たちも、気持ちを高ぶらせて

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ワンピースの和訳

ワンピースの和訳



雨。ジーンズにぽたりと垂れた水が、次第に間隔を狭めて重なるほどパサパサ降りしきる雨の中で私は泣いているものだから、雨粒だか涙だか分からなくて、周りの目を気にせずに泣けるぜしめしめと重力に添って顔に流れる水、涙、塩分を好き放題にした。
 いつものことだが、気分が優れないと身体も優れなくなり、次第に天気すら優れなくなるものだから、言わばこれを『ついていないときはとことんついていない』と言うのだろう

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セクシー担当

セクシー担当



「今回の役だけど、殺された被害者を1番に発見する掃除婦だって」
新しいドラマの脚本をマネージャーから渡された時、私は絶句した。
私、桃井みのりはグラビアモデルを経て、主にバラエティで活躍し、次第にドラマにも出るようになったマルチタレントだ。
演技の方面では、主人公を誑かすような小悪魔キャラに定評がある。
その魅惑の肉感や、男を虜にする所作がメインヒロインの女優よりも人気で、水着

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マイナスの掛け算

マイナスの掛け算



 女は数学が苦手だった。
 テストでは赤点ばかりで、どんなに丁寧に解説されても理解できない。
 彼女の数学に対する苦手意識はマイナス同士の掛け算から始まった。
 プラスとプラスをかけると、増えるというのはわかる。
 マイナスとプラスをかけると、マイナスが増えるのもなんとなくわかる。
 だけれども、マイナスとマイナスをかけると、プラスになることが理解できない。
 マイナスがマイナス分増えそうでは

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5W1H兄弟

5W1H兄弟



 5W1Hという6人兄弟がいる。
 長男のWhenはとてもせっかちな男。
 仕事の納期に厳しく期限が近づくと「いつできる? いつ?」と相手をまくし立てる。社内一嫌われているので会社の飲み会に誘われない。
 次男のWhereは極度の方向音痴。
 地図を見ていても目的地にたどり着けず、街の中をさまよいながら「ここはどこだ? どこなんだ??」と徘徊している。Googleマップを見ていても反対方向に自

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筋肉治療

筋肉治療



 人との距離感を計ることが苦手だった僕は、学生時代ずっといじめられていた。
 部屋にこもりがちで夜中に活動をしていたものだから、青白くて脂肪だらけの肉体となり、大学に進学しても友人ができることはなかった。
 このまま寿命がつきるまで、何十年もこんな人生を歩まなくてはならないのかと思うと吐き気がした。
 いっそ、もう終わらせてしまおう。
 僕には生きること、毎日を積み重ねていくことが苦痛でしかな

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鯖国民

鯖国民



 日本人というのは、周りがやっている事を自分もやらなくちゃいけないという同調民族だと聞くので、本当にそうなのかと試しに、めちゃくちゃ不味いラーメン屋の前で
「あー早く食べたい! 三〇分並んだかいあっていよいよ次だ! わくわくするぜ!」
 などと喚いていたら、僕の後ろに長い列が出来た。
 これは金儲けに利用できそうだと考えたオレは、つまるところサクラを駆使して、フィルムカメラやでんぷん質のドリン

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種なしブドウ

種なしブドウ



「この種なしやろう!」
 果物仲間にそう罵倒された僕は、シャインマスカットと共に肩をすくめた。
 『食べやすい果物』という理念のもと、幾度も品種改良されてきた僕たち ピオーネやシャインマスカットに種という部位はもうない。
 僕たちもはじめは違和感を感じていたが、時が経つにつれ次第に慣れて、今じゃ自分たちに種があった日々がどんなものだったのか定かでない。
「子孫を残すための大切な種を捨てるなんて

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ネオ桃太郎

ネオ桃太郎



 昔の話ではなく、現在進行形の某所。イケおじと美魔女は第一子を授かった。
 実に健康的な男の子で、名を桃太郎と言い、共働きの両親や児童館の大人たちに見守られながらすくすくと育った。
 ある日、桃太郎はイケおじと美魔女に
「おれ鬼退治系YouTuberになりたい」
と伝えた。イケおじが
「鬼という表記は、コンプライアンス的に問題であるから『怖いもの掃除』とか『怒りっぽい人』とか、なんかイイ感じに

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生かし屋

生かし屋



 オレは生かし屋。人を生かすのがオレの仕事だ。
 報酬さえ貰えば、いくらでも生きることを後押しする。
 育児放棄された子どもに飯を振るまったり、ビルの屋上から飛び降りようとする若者を救ったり、病に侵された老人に希望を与えたりする。
 オレは青少年保護団体や医者ではない。
 なにかを生かす仕事であれば受ける。そして生かす為には目的も、手段も選ばない。
 だから製品会社で没になった企画を生かす仕事

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我利我利くん

我利我利くん



※我利我利亡者
仏教用語。他人を顧みず、自身の利益ばかり考えること。または、他人を顧みずある物事に執着すること。やせ細った人に対する形容はここから由来。

***

オレは我利我利くん。いつも飢えている。
髪の毛は五分刈り。いつも何かを欲している。
オレは我利我利くん。欲しいものは何がなんでも手に入れたい。
そんなオレはソーダ味の某棒アイスをむしゃぶりながら、まれに棒切れに刻まれる当たり印を欲

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