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生活の中の小説

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日々、心を通り過ぎていく一瞬の風景を切り取って、小説にしていきます。小さな物語を日々楽しんでいっていただければと思います。
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#短編小説

小説 時計技師

 円城は、いつも時計を直していた。来る日も来る日も。その店には、毎日多くの客がやってきて、壊れた時計を円城に預けていった。よくもまあ、これほどまでに時計が壊れるものだ。

 俺は自分の時計を壊したことなんて一度もない。いや、壊れるほどに物事に執着したことはないのかもしれない。

 電気を時計に応用したのはイタリア人のツァンボニだという。それが定かではないが、以来様々な技術発展が時計を支えてきた。

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小説 渦

 巻き込まれた。その渦に。
 不意に襲ってきた、その激情。恋なんて、捨てたのだ。
 燃えるゴミに紛らせて。なのに。

 蟻地獄だよ。底であなたが待っている。泡沫、春の夜の夢。
 体も麻痺しちゃってさ。
 私を特区にして、他人を介さないでほしい。
 
 夜のポエマーかよ。指先で、温もりを探る。
 海の底で、息もできないまま、口づけを交わした。
 
 乾いた唇を、言い訳で濡らす。吸い込まれてはいけない

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小説 天才

小説 天才

 天才なんだよ。あいつは。

 宮岸は、よくそう言った。あいつは天才だ。あいつは。
 あいつとは、弟の豊のことで、豊のことを宮岸は天才と呼んだ。

 幼い頃から宮岸はサッカーをやっていた。兄に憧れて弟もサッカーを始めた。才能の差にすぐに周囲が気づいた。しかし、言わなかった。言えなかった。
 宮岸本人もまた弟の才能に気づいていた。幼時にそれとなく、自己の持つ才覚の限界を見定めていた。ああ、こんなにす

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小説 乾いた城の中で

 雨が上がって、太陽が注ぐと、山間に一つの城が見えた。山林を二日も迷った男にとって、その城は希望に見えた。助かった。男は素直にそう思った。

 尖塔が鋭く伸び、城壁が高くそびえ、その威容は周囲の森林とはまるで溶け合わず、不似合いだった。城全体を壁が囲い、何者の侵入も拒否しているように見えた。なぜ、こんなところに城があるのか。男は何も考えずに城へと向かった。物事を冷静に考える余裕はなかった。

 男

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小説 八年目の私

小説 八年目の私

 朝の鎌倉は人影まばらだった。平日であることもあるだろう。古都は静寂を湛え、小さな生活を重ねていた。少し高台に登れば、相模湾を臨むことができ、水平線の果てで空と海とが一つになる。 
 
 久ぶりにこの町に来た。あの時は二人でやってきた。お互いまだ大学生で、何も知らなかった。政治のことも、経済のことも。そして、自分が結婚するだろう人のことも。
 
 あなたが、そうだったのね。運命の人。少女漫画みたい

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小説 冷やし中華

小説 冷やし中華

 母はよく冷やし中華を作った。一年中、いつでも。母は季節感を忘れたように、冷やし中華を作った。季節を忘れてしまったかのようだった。

「好きなものを、好きなときに食べる。これが一番の幸せでしょ」
 母はそう言った。

 僕はテーブルの上に置かれた皿を見た。そこには色鮮やかな冷やし中華があった。
 冷やし中華って、なんで冷やし中華なんだろう。ふと、母に尋ねた。小学生の頃だったように思う。母はもちろん

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小説  5月のスキャット

小説  5月のスキャット

 私は、知らないのよ。本当に、そんなこと。だってそうでしょ? あの子があんなことしているなんて思いもよらなかったのよ。

  たまたま、たまたま見たの。お金を盗んで、そう。だから、私はそれを、伝えたの。知り合いの人に、ね。直接言ったわけではなくて、ただ、ふっと漏らしてしまったの。そしたら、めぐりめぐって、彼女が、やったってばれたの。

 私は、悪意があったわけではなくて、ほんとに、ぽろりと。そうな

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小説 だから僕は真夜中にコーヒーを飲む

「眠れなくなるよ」
 礼美が言った。

 僕はコーヒーを飲んでいた。時間は午後10時を回っていた。
「大丈夫。カフェインが効かない体質なんだ」

「私なんて、3時以降に飲んだらもうアウトだけどね」 
 彼女はコーヒーをあまり飲まない。飲まないのに、食事が終わるとコーヒーを入れてくれる。カップの横にはミルクが一つ置いてある。彼女は僕の好みを知っているのだ。

 夕食後に飲み、あまったコーヒーを風呂上

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小説 月明りから逃げて

小説 月明りから逃げて

  光が追いついてくる。闇夜を厳かに照らそうとする。影は、ビルの隙間に隠れた。
 肉体がほどけていく。実体が欠けていく。

 もとから実体なんてないじゃないか。影は小さく呟く。 

 俺は死んで、影になった。影でも生きていたかったのだ。世界への未練、残された、君。
 「あなたは、いつも遠くを見すぎるのよ。未来を見るのはいいと思う。大切なこと。でも、足元をもうちょっと見てもいいのかなってそう

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小説 アイロン

小説 アイロン

 登美子は、啓輔のシャツをしっかりと伸ばした。しわがないように、見栄えがいいように。

 主婦という言葉に憧れていた。
 会社にいるよりはずっとましだと思っていた。会社では自分の居場所はなかった。自分は歯車の一つだった。代わりはいくらでもいた。きっと、自分がいなくなっても、次の日には新しい人が来る。

 啓輔は将棋に凝っていた。
 インターネットでずっと将棋の対局を見ていた。
「わかるの?」
 と

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小説 鏡の中

小説 鏡の中

 琢磨は、深雪との関係を清算しようとしていた。
 もとから、長く続く関係じゃないんだ。琢磨はホームの端で電車を待っている間、誰にも聞こえないように同じセリフを何度もつぶやいていた。

  
 深雪と会ったのはいつだったか。確か、中学2年の時のクラス替えの時だ。まだ横浜に住んでいた時だ。言葉はほとんど交わさなかった。お互いに引っ込み思案で、恋仲に結びつけるにはあまりにも遠かった。

 卒業してから、

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小説 終わる世界

小説 終わる世界

 かつてそこには、豊かな海があった。コトネは文献でそう知った。 
今では、海と呼ばれるものは少なくなった。水は汚染されたし、生物は息絶えた。

 人類は地下の底に蓄えられた水を、くみ上げて生き延びた。大地が悪意を浄化した。

 わずかな水だけを頼りに人は命をつないだ。小さな暮らしを重ねて、少ない幸せを味わった。
人の娯楽は消えて、互いの言葉だけが、楽しみを生み出す手段だった。

 家の中には静寂だ

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小説 雨の薔薇園

小説 雨の薔薇園

 真也子は薔薇を育てていた。ワインのように深みのある赤い薔薇だった。
 真也子はよく薔薇に話しかけていた。友人のように、時に恋人のように。
  
 庭には銅像があって、なんでも軍隊の将校の銅像なのだそうだ。
「祖父が、海洋を彷徨っているときに助けられたって。その人の銅像を作ったの。変わり者よね」
 と真也子が言った。
「遭難したの?」
 則都は彼女に尋ねた。
「ええ。船がエンジントラブルで動かなく

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小説 犬と池

小説 犬と池

  駅を出たところで一匹の犬を見つけた。犬は、サーモンの切れ端を食べていた。その犬をマコトはじっと見つめていた。ストップウォッチで時間を図った。わずかな時間でその肉片は無くなってしまった。

 飼い主はどこにもいない。ガードレールに紐で結ばれ、自由を奪われていた。

 近くにトイプードルを連れた女性が現れた。その女性はガードレールに結びつけられた犬を見た。女性はその犬の束縛を見ながらも何もできない

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