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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#ほろ酔い文学

『音声燻製』 # 毎週ショートショートnote

『音声燻製』 # 毎週ショートショートnote

父危篤。
昔なら、電報だろうが、今はスマホのメッセージですぐに伝わる。
出社してすぐだったが、上司に事情を伝えて早退をする。
それから、簡単な荷作りをして、部屋を飛び出した。

突然だった。
それなりの歳ではあったが、まだまだ元気だった。
病なども聞いたことがない。
だから、母からのメッセージを見ても、帰らなくてはと思うまでに、時間がかかった。

父が何か言いたそうだと途中でメッセージが入る。

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『セントルイス・ブルースの流れるバーで』

あいつはあんまり美人じゃないないからよう、俺でも声をかけてやらなきゃと思ってさ。
そうしたら、あの女、いい気になりやがって。

本当に、可哀想なくらい美人じゃなかったのよ。
もちろん、人は見かけだけじゃない。
でも、限度ってものがあるだろう。
いくら、俺が優しくたって、ノートルダムのせむし男じゃ、誰も話も聞いちゃくれないさ。
ああ、知りませんよね。
せむし男なんてね。
そうだよな。
わかってらあ。

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『いつものやつで』 # たいらとショートショート

『いつものやつで』 # たいらとショートショート

「先にお飲み物お伺いしましょうか」
そんな感じじゃないんだよなあ。
そんな店でもないし。
いつもなら、
「ビールでいいでしょ」とさっさと持ってきてくれるのに。
そして、こっちは、
「あと、いつものやつで」
となるのに。
なのに、こっちまでかしこばっちゃって、
「え、ああ、ビールでお願いします」
だなんて。

どうして、こうなったんだろうなあ。
そもそもは、僕の転勤の話からだ。
昨日、急に辞令が出た

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『見知らぬ誘拐』

『見知らぬ誘拐』

電話は、その夜突然かかってきた。
シャワーを浴びて、ほっとひと息ついたところだった。
缶ビールを開けた時、バイブにしてある携帯が震え始めたのだ。

「お前の奥さんを誘拐した。金を用意しろ。金額はまた連絡する。警察には絶対に言うな。言ったら、綺麗な奥さんの命はないぞ。見ているからな」

一方的に電話は切れた。
宙を見上げると、とりあえずというようにビールをひと口飲んだ。
さて、と彼は考えた。
イタズ

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『#お世話になりました』

『#お世話になりました』

バイトが休みだったので、朝はゆっくり目覚めた。
それでも、体から気だるさは抜けていない。
カーテンを開けて、すでに高い日を取り入れる。
スマホの通知音。
先に、トイレに行く。
顔を洗うと、少しは体も目覚めてきたような気がする。
スマホを手に取った。
それから、慌ててテレビをつけた。

この世の悲しみなど知らないかのような司会者が、最近流行りのカフェを紹介している。
その画面の上にテロップが出る

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『父の古い缶』

『父の古い缶』

私は、洋一の前にコーヒーを置くと、大きくため息をついた。
「あーあ」と思わず声まで出てしまった。
「ごめんなぁ」
「大丈夫やで」
すんなり終わるとは思っていなかった。
何かあるとは思っていた。
何かやらかすだろうとは覚悟していた。
しかし、まさか、こんなことをしでかすとは。

いつの頃からか、私は父のことをおっさんと呼んでいた。
なぜなら、どうしようもないおっさんだったからだ。
母は、私が幼稚園の

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『歌舞伎町のミキちゃん』

『歌舞伎町のミキちゃん』

「ここだったんだよね」
妻に言う。
「この新しいビルに建て替えられてしまったんだよ」
娘が就職をして東京で働くことになった。
その準備をするために、久しぶりに東京にやってきた。
ついでに、昔よく行った店を訪ねてみたいと妻に頼んだ。
すっかり変わってしまっているが、僅かな面影を頼りに探し歩いた。
路地は間違いなかった。
建物は変わっても、通りは路地にいたるまで変わっていないようだ。
しかし、目的の店

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『夜と桜と指輪と彼と』

『夜と桜と指輪と彼と』

あろうことか、彼は一度出しかけた指輪を引っ込めてしまったのだ。
付き合いは長いから、大体わかっていた。
お互いにそろそろかなという雰囲気はあった。
彼が、あらたまって予定を聞いてきた時からわかっていた。
そんなことは、今までなかったから。
だから、私も覚悟は決めていた。
彼に恥をかかせるつもりはなかった。
それが、あろうことか…

私が高校2年の時に、彼は新入部員として入ってきた。
私は、野球部の

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『学生街の居酒屋で』

『学生街の居酒屋で』

居酒屋というのは本来、会社帰りのサラリーマンが仕事の愚痴をこぼし合い、明日からまた頑張ろうという、そんな場所だ。

これがひと昔前の学生街の居酒屋ともなると少し様相が違ってくる。
あちらの席、こちらの席で、人生論だの、恋愛論だの、もしサラリーマンがうっかり看板に釣られて迷い込みでもしたら、うるさくて仕方ないだろう。
大体、サラリーマンにとって何々論などは、毎朝通勤電車に揺られて職場に行き、上司の機

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『袋とじの人生』

『袋とじの人生』

もちろん、いますよ。そんな人はね。

その店のオヤジは語り始めた。

推理小説の最後のページを先に読んでしまう人がいるでしょう。
同じように、自分の人生の結末を先に覗いてしまう人がいるのですよ。
もちろん、違反です。
規約にも小さな文字ですが、きちんと書かれていますよ。
なんびとも、いかなる時も先のページを見てはならないとね。
でも、そんな規約を読まない人がいるのです。
わざわざ口頭で説明もするの

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『しょっぱい朝』

『しょっぱい朝』

カーテンの隙間から漏れてくる日はすでに高い。
慌てて起きあがろうとする自分を制する。
今日は土曜日なのよと言い聞かせる。
そうだ、今日は土曜日だ。
そして、私は遅くまで寝ていた。
なぜなら、昨夜は遅かったからだ。

二日酔いの朝はいつもこうだ。
いつも、眩しい光に罪悪感を抱く。
学生の頃からそうだったなと考える。
誰かの部屋に転がり込んで、雑魚寝する。
翌朝、これでもかと照りつける日の下をふらふら

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『不確かな夜』

『不確かな夜』

この鼓動。
部屋の床からベッドに這い上がり、また床に降りていく。
床から壁を伝い、天井に登る。
暗闇の中でもその動きを感じることができる。
鼓動。何か言いたげな鼓動だ。
それは多分、俺にはよくないことだ。俺によくないことをその鼓動は言おうとしている。
俺を告発しようとしているのか。
鼓動は再びベッドによじのぼり、俺の足元に絡みついた。少しずつ俺の体の上を移動している。

心臓だ。
その鼓動は俺の心

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『「あなた」売ります買います』

『「あなた」売ります買います』

今年の「俺」をまとめて部屋を出た。
さすがに一年たつと、角も擦り切れて、ところどころ手垢もついている。
名残惜しい気もするが、仕方がない。

街はクリスマスや歳末の催しであわただしい。
俺は人の流れに逆らうように歩いた。今年の「俺」を小脇に抱えて。
それにしても、キリストってやつは何でこんな年末の忙しい時に生まれたのか。
おかげで昨年はうっかり売りそびれるところだった。

商店街から路地を少し入っ

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『次の日の夫』

夫はなかなか起きてこない。
多分もう目は覚ましているはずだ。
ただ、私とも誰とも話をしたくないのだろう。照れくさいのかもしれない。
あんな日の翌日に自分がどう振る舞えばいいのかもわからないことが。
この年まで生きてきて、と考えているに違いない。
定年退職をして、精神的にも余裕があるはずなのに、と考えているに違いない。
俺は古風な人間じゃない、とも思っているのだろう。

昨夜、娘が男を連れてきた。

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