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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年4月の記事一覧

『綺麗な部屋』

『綺麗な部屋』

大家さんは、丸顔の優しそうな女性だった。
ご主人を病気で亡くされて、一人で管理をしているらしい。
そんな話を聞きながら、5分ほどの距離を歩いてアパートまで来た。
「こちらです」
と、大家さんは鉄製の階段を登り始めた。
僕たちもそれに続く。
大家さんは、他の住民もいるのに大丈夫かと思うほど、大きな音を立てて階段を登った。

僕と裕子はこの春から同居することにした。
いわゆる、同棲だ。
今後それが結婚

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【ピリカ文庫】 『カーネーション』

【ピリカ文庫】 『カーネーション』

水面が近づくように、目覚めの気配がする。
波紋を裏側から眺めるのは初めてだ。
向こう側に、誰かの顔が近づく。
見知った顔だ。
声がきこえる。
私を呼んでいる。
お母さん、お母さん…

…お母さん、お母さん。
ねえ、僕が初めてカーネーションを送った時のこと、覚えてる?
初めて買った、母の日のカーネーション。
お母さんは、僕の目の前で捨てちゃったよね。
こんなもの、いらないって。
ひどい母親だな。そう

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『ポケット大増殖』 # 毎週ショートショートnote

『ポケット大増殖』 # 毎週ショートショートnote

僕のお祖父さんは、いつもズボンのポケットをポンと叩いていた。
「このポケットにはお祖母さんが勇気を詰め込んでくれているんだ。叩くと勇気が出てくるよ」
お祖母さんは、嘘ですよと笑っていたけど、きっと本当だ。
僕はお祖母さんに、僕のズボンにもポケットをつけてとお願いした。

その頃、僕たちは隣町のグループにいじめられていた。
そいつらをやっつけるために勇気をもらいたかった。
僕は、新しいポケットのつい

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『父の古い缶』

『父の古い缶』

私は、洋一の前にコーヒーを置くと、大きくため息をついた。
「あーあ」と思わず声まで出てしまった。
「ごめんなぁ」
「大丈夫やで」
すんなり終わるとは思っていなかった。
何かあるとは思っていた。
何かやらかすだろうとは覚悟していた。
しかし、まさか、こんなことをしでかすとは。

いつの頃からか、私は父のことをおっさんと呼んでいた。
なぜなら、どうしようもないおっさんだったからだ。
母は、私が幼稚園の

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『僕と彼女の楽しみ方』

『僕と彼女の楽しみ方』

自分ではそこそこできると思っていた。
いや、そこそこ以上にできると思っていたんだ。
そもそもは小学校3年の時、ひとりでボールを壁にぶつけて遊んでいた。
日曜日で、たまたま友達は誰も出かけて留守だった。
ふと、振り向くと見たことのないお兄さんが立っていた。
「君、いいセンスしてるね、少年野球のチームに入らない?」

「スカウトされたんだぜ」
僕はみんなに言いふらした。
もちろん、お兄さんはチームの人

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『ついてないぜ』

『ついてないぜ』

俺の人生はつくづくついていない。
父親は、俺が生まれてすぐに女を作ってどこかに逃げたらしい。
だから、俺は父親を知らずに育った。
まあ、そんな奴は世の中にいくらでもいるが。
母親に育てられた俺は、小学校までは真面目にやっていた。
つまり、口数は少なく、授業中は適当に手を上げて、テストでは80点くらいをキープして。
しかし、友人は1人もいなかった。
鍵っ子の俺は、当時そんな奴らが集まるクラスに、放課

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『神様時計』 # 毎週ショートショートnote

彼女は小さな時計を握りしめていた。
リューズをつまんでは、放していた。
目の前には、先ほど息を引き取ったばかりの息子が横たわっている。

初めて通い出した小学校からの帰り道。
横断歩道を渡っていた息子は、トラックに撥ねられた。
彼女は迎えに出なかったことを悔やんだ。

彼女が手にしているのは、子供の頃、祖父から手渡された神様時計。
その時計の針を戻せば、好きな時間に舞い戻ることができる。
ただし、

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『歌舞伎町のミキちゃん』

『歌舞伎町のミキちゃん』

「ここだったんだよね」
妻に言う。
「この新しいビルに建て替えられてしまったんだよ」
娘が就職をして東京で働くことになった。
その準備をするために、久しぶりに東京にやってきた。
ついでに、昔よく行った店を訪ねてみたいと妻に頼んだ。
すっかり変わってしまっているが、僅かな面影を頼りに探し歩いた。
路地は間違いなかった。
建物は変わっても、通りは路地にいたるまで変わっていないようだ。
しかし、目的の店

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『いつかどこかで君に』

『いつかどこかで君に』

いつかどこかで会った時、君は笑顔を見せてくれるだろうか
もちろん、君は僕のことを知らない
手袋をはめた小さな手を空に突き出して泣いていた君
さあ、この私をどうするのだ
大人よ、私を見ている大人よ、どうするのだ
そう言って泣いていた君
僕は、小さなテレビの前で君を見ていた
それを何百倍、何千倍、何万倍しても、世界には及ばない小さなテレビの前で
何もせずに、ただ君を見ていた

君は両手を突き出しても、

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『ぴえん充電』 # 毎週ショートショートnote

『ぴえん充電』 # 毎週ショートショートnote

ぴえんは今日もがんばっていた。
毎日、毎日、お客さんがやってくる。
途切れることなくやってくる。
「ああ、間に合った」
「もうキレそうです。先にお願いできませんか」
「ぴえん充電、お願いします」

ぴえん自身が流行ったのはもうずいぶん昔のことである。
あちらでもこちらでも引っ張りだこだった。
ぴえん、ぴえんとひとしずくの涙を流し続けた。
人々は、ぴえんの涙を見て喜んでくれた。
涙のワケはいろいろあ

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『青磁の壺』

『青磁の壺』

村人たちは困り果てていた。
毎日、入れ替わり立ち替わり集まっては議論していた。
ああでもない、こうでもないと、朝から晩まで。
村人たちの前には、小さな壺があった。
青緑色に鈍い光を放つ青磁の壺である。
はるか昔に、東方から長い道のりを経て持ち帰られたと伝えられている。
その壺が、どうして村人の議論の的になっているのか。

その壺は、願い事を叶える壺としてその村で大切に扱われてきた。
その壺に向かっ

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『夜と桜と指輪と彼と』

『夜と桜と指輪と彼と』

あろうことか、彼は一度出しかけた指輪を引っ込めてしまったのだ。
付き合いは長いから、大体わかっていた。
お互いにそろそろかなという雰囲気はあった。
彼が、あらたまって予定を聞いてきた時からわかっていた。
そんなことは、今までなかったから。
だから、私も覚悟は決めていた。
彼に恥をかかせるつもりはなかった。
それが、あろうことか…

私が高校2年の時に、彼は新入部員として入ってきた。
私は、野球部の

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『小さな箱』

『小さな箱』

卒業式の後、私たちのクラスは教室に集められた。
担任の先生がどうしても話をしたいことがあるというのだ。
もちろんみんなは喜んで集まった。
もう一度、みんなの顔が見られるのだから。
私たちのクラスは、とても仲が良かった。

先生はみんなが集まると話し出した。
「今から、この箱に君たちの願い事を書いて入れてください。
 この願い事は、君たちがこれから自分の力で叶えるものです。
 でも、どうしても、どう

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『読書と石鹸』 # 毎週ショートショートnote

『読書と石鹸』 # 毎週ショートショートnote

「どうしたのよ、考えこんで」
「読書と石鹸というお題でショートショートを考えてるんだ」
「それなら簡単よ。読書の後は石鹸で手を洗いましょう。図書館にあったわよ」
「それは、標語じゃないか。まあ、こんなご時世だからね」
「じゃあ、こんなのは?」
「聞かせてくれ」
「奥さんがご主人に、今日はゆっくり読書でもしていてって言うのよ」
「それで?」
「奥さんは不倫をしていて、ご主人が邪魔になるの」
「うん、

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