『小さな箱』
卒業式の後、私たちのクラスは教室に集められた。
担任の先生がどうしても話をしたいことがあるというのだ。
もちろんみんなは喜んで集まった。
もう一度、みんなの顔が見られるのだから。
私たちのクラスは、とても仲が良かった。
先生はみんなが集まると話し出した。
「今から、この箱に君たちの願い事を書いて入れてください。
この願い事は、君たちがこれから自分の力で叶えるものです。
でも、どうしても、どうしても、それが自分の力で難しいと思った時には、
この箱を開けてください」
そう言って、ひとりひとりに小さな箱を配った。
厚紙で作った水色の小さな箱だった。
えっ、手作り?
無言の驚きと嘲りが聞こえてきそうだった。
若い教師がやりがちなことだ。
教室の外を他のクラスの生徒たちが帰っていく。
私たちの教室は静まり返っていた。
みんな、思い思いの願い事を紙に書いている。
堂々と反抗するような生徒は最後までいない。
彼らの願い事なんて、大体わかる気がした。
クラスのみんなを眺めながら、私も願い事を決めた。
誰にも見られないようにそれを紙に書き、折りたたんで箱に入れた。
蓋をした。
私たちは、卒業証書とその小さな箱を手にして、思い出の残る学び舎を後にした。
みんな、その箱を見せ合いながら、楽しそうに話をしながら帰っていった。
私も、仲のいい数人と、カフェに立ち寄って話をした。
「ねえ、何を書いたの」
「秘密だよ」
「絶対にすぐに開けちゃだめだよ」
新生活の興奮もようやくおさまろうかという頃、私たちの担任が入院したと知らせが入った。
不治の難病だとの噂も聞いた。
私は、仲の良かった面々といっしょに見舞いに訪れた。
病院のロビーでひと通り思い出話に花を咲かせた後、病室に向かった。
担任は、想像以上にやつれていた。
やせ細り、血管が枯葉の葉脈のように浮き出ている。
私たちのことが認識できているのかどうか。
ベッドの周りの、かつての友人たちを見ながら思った。
誰が、あの箱を開けたのだろうか。
時を経て、担任は、私の夫になった。
治らないと言われた病は、あれから間もなく消滅した。
あの見舞いの後、私は一目散に家に帰った。
机の引き出しから水色の箱を取り出すと、祈るようにして、その蓋を開けたのだった。
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