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『青磁の壺』

村人たちは困り果てていた。
毎日、入れ替わり立ち替わり集まっては議論していた。
ああでもない、こうでもないと、朝から晩まで。
村人たちの前には、小さな壺があった。
青緑色に鈍い光を放つ青磁の壺である。
はるか昔に、東方から長い道のりを経て持ち帰られたと伝えられている。
その壺が、どうして村人の議論の的になっているのか。

その壺は、願い事を叶える壺としてその村で大切に扱われてきた。
その壺に向かって願い事を唱えると、それが叶えられるというのである。
確かに、その壺を覗き込んでみると、小さな壺にもかかわらず暗くてそこが見通せない。
漆黒の暗闇には、誰も見たことのない暗黒の魔物が潜んでいるようでもあった。
だだし、願い事は一回しか叶えられない。
一度願い事を叶えると、それはもうただの壺になってしまう。
そう伝えられていた。
そこで、村人たちは話し合いをして、村の存続に関わる時にだけ願い事を唱えるようにしようと申し送りをしてきた。

ある時、都市部にある大学から調査団がやってきた。
さっそく、その壺の噂を耳にすると、持ち帰って調査したいと申し出た。
村人たちにも意義はなく、快く受け入れた。
科学的に証明されれば申し分ない。
壺は大切に運ばれ、約半年にかけて緻密な調査がなされた。
そして、その壺は村人に返却された。
この壺にまつわる噂は、まったくのデタラメであるとの調査結果とともに。

村人たちは憤慨した。
これは何としても自分たちの手で証明するしかない。
しかし、さて、はて、どうしたものか。
それで、毎日、入れ替わり立ち替わり議論しているのである。
「壺にお願いして、あの調査団の首をへし折ってもらおう」
そんな過激な意見を述べるものも現れた。
ただし、問題は、願い事は一回しか叶えられないことである。
調査団の首をへし折った途端に、この壺はただの壺になってしまう。
村人たちの困惑をよそに、壺は鈍い光を放ち続けた。

ひとりの若い旅人がその村を通りかかった。
彼は、村人たちが議論している小屋に現れると、いきなり壺を持ち上げた。
村人たちが止める間もなく、彼は唱えた。
「同じ壺を、もうひとつくれ」
すると、壺の中から黒い霧のようなものが現れ、あたり一面は闇でおおわれた。
やがて霧がはれ、呆気にとられた村人たちが我に帰った頃には、旅人の姿ははるか遠くにあった。
その手の中で、新しい壺は村人たちを嘲笑うように光っていた。

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