『神様時計』 # 毎週ショートショートnote

彼女は小さな時計を握りしめていた。
リューズをつまんでは、放していた。
目の前には、先ほど息を引き取ったばかりの息子が横たわっている。

初めて通い出した小学校からの帰り道。
横断歩道を渡っていた息子は、トラックに撥ねられた。
彼女は迎えに出なかったことを悔やんだ。

彼女が手にしているのは、子供の頃、祖父から手渡された神様時計。
その時計の針を戻せば、好きな時間に舞い戻ることができる。
ただし、時空を調整するために、どこかで犠牲者が出る。
怖くて、今日まで忘れていた。
悩んだあげく、彼女は決心した。
時計の針をあの瞬間まで巻き戻した。

彼女は今、あの横断歩道の手前に立っている。
息子が向こうから笑顔で駆けてくる。
トラックが目に入る。
彼女も駆け出した。
クラクション。
犠牲者は私だ。
彼女は息子に覆いかぶさった。

トラックは2人の直前で急停止した。
握りしめた時計は止まっている。
彼女の涙がその時計を濡らしていた。
神様時計は、防水ではなかった。

『本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です』



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