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ショートストーリー

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2024年1月の記事一覧

どこでも眠れる時がある。

どこでも眠れる時がある。

 アスファルトの上に横たわって、自分を捨てて走り去った車の尻を見ていた。
 ああ、身体のそこら中が痛い。起き上がれそうに無いし、起き上がる気もしないほど頭がぼやける。ぼんやりとした頭で、「車の尻ってなんだよ」と考えた。もっと他に正しい名前があった気がするが、思い出せない。どうでもいいか。
 一応、車道ではなく歩道に捨てて行かれたようだ。とりあえずは車に轢かれる心配はないなと思うと、余計に立ち上がる

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崇高な憧れと、拗らせた理想。

崇高な憧れと、拗らせた理想。

 向かい風だった。
 タバコの煙に泣かされたから、片目を薄く瞑って息を吐いた夜に再会したのは、もう会わないと決めていた女。待ち合わせ場所は、昔よく来た公園。
 彼女が来るまで、公園の手すりに腰を乗せていた。
 小さな公園だ。ペットの散歩をする人も、自分の散歩をする人も今は居ない。海に近いせいか、たまに潮の匂いがするくらいの夜だった。そのせいか彼女が来るのは、すぐに分かった。

 白と黒のゴシックフ

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パウダースノウ。

パウダースノウ。

煙から匂いを全部取り除いたような白い雪。

これが妖精だと言われたら信じてしまうようなパウダースノー。

ブーツの底にへばり付いた妖精は、雪の上に置いた足を滑らせる。
だから、出勤時間に歩道にへたり込んでお尻のあたりを濡らしているのだ。

雪に上に飛び散るカバンの中身と一緒に雪をかき集めてしまっても気にしている暇はない。幸い、怪我は無いが、こちらの様子を伺いながら通り過ぎていく通行人を恥ずかしい思

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【私のこと好き?】企画参加

【私のこと好き?】企画参加

物語の中には沢山の人がいるし素敵な人が多いから、この中から選ぶことにした。
「私のこと好き?」なんて、野暮なことを確認しないでも気兼ねなく「好きなんだ」と言える存在を手に入れられるんだから。いつでも本棚に座っている静かなところが好き。
バナナと遺伝子が50%も同じ生き物からピッタリ来る人を選ぶなんてナンセンスだし、もし、そんな人が現れてもなんだか萎縮してしまうから。
だから、もう決めたの。次はこの

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前触れの無く、雪。

前触れの無く、雪。

雨を背負った雪が纏わりつく。
本当はゆっくり掻き回してやれば綿菓子みたいな素敵な雪ばかりができあがるというのに、急かされた空が未完成の雪ばかり降らせている。雨の重さで未完成の雪は、街を嫌な気持ちにさせるだけさせて冷たく消えた。
こんな日は思い出にすら残らないから、さらに嫌になる。園長の猫が死んだ日も、たしかこんな日だった。

原因は分からない。ただ車に轢かれただけかも知れないけど、保育園の裏口のド

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虹のくすり

虹のくすり

「虹が出る薬があるって知ってるか?」

 そう言って、ケン君がリスみたいに目を大きくして見せるから僕もつられて笑ってしまう。ケン君はいつも僕の知らないことを教えてくれる。晴天の風の中を洗濯物が泳いでいる。そのすぐそばで、僕らはいつも2人で遊んでいた。
 港のすぐ近くにケン君の家はあった。猫が2匹いる、いかにも漁師をしているといった海と魚のにおいのする家だった。車庫のそばには、漁で使う大きな茶色い網

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ペンシルnoチョコレート

ペンシルnoチョコレート

背伸びの上手い人たちに囲まれた幸せな時間だった。ちょっと高いところにあるものを無邪気に取る人たちだから、そこには憧れも混じった驚きがあって自分の心まで両手で掬い上げられたような感覚がしていたんだ。
そんな人たちの中で、格別に背伸びの上手かったキミに惹かれていた。

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まだ、そこに君がいる気がして。

まだ、そこに君がいる気がして。

シッポを切り離したトカゲは、自分のシッポのことをいつまで覚えているのだろうか。命の危険から逃れるために仕方なく切り離すのだから、逃げる事に全力を注いでいて、それどこではないだろう。
でも、ボクなら後で気になって、一度見に戻りたくなると思う。すぐに戻るのは危険だとしても、ほとぼりが冷めた、そう、何年かたった後なら大丈夫だろうと見に行ってしまうと思う。
ボクにとってその人は、そんな思い出だった。

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