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オオカミ陛下の思し召し
カザックに短い秋がやってきた。秋分を過ぎた頃からがくんと気温が下がり、明かり窓からは早くも冬の気配を感じさせる風が吹き込んでいる。枢機院にある自身の執務室で決裁の仕事にあたっていたザハールは、机上の小筆を転がした木枯らしに舌打ちをした。
ザハールは秋が嫌いだ。それは何故かと人に聞かれれば「越冬の準備に忙しく、まるで休む暇がないからだ」と答える。それも理由の一つではあるが、本当の理由ではない。
予選会 -We must go- ①
十月二十日。日曜日。空には厚く、重たい雲が垂れ込めている。
ここ数年、箱根駅伝の予選会では雨が降ることが多い。少なくとも夕真が青嵐大のスポーツ紙──通称〝青スポ〟の記者として参加した過去三回の予選会はいずれも雨。もしくは、曇りのち雨だった。
「今年も降りそうだなあ……」
ノブタは信号待ちでブレーキを踏んだ直後、三浦ハウスから出発した駅伝部員と夕真で鮨詰めになった車の運転席から外に頭を出
弟が死んで自己肯定感が爆上がりした姉の話
2020年8月13日。弟が死んだ。自死だという。
タイトルについてあらかじめ謝罪し断っておくが、私と彼の間にはこれといってなんの確執もない。弟──仮に「ばきお」としよう──は、真面目で愉快なイイ奴であった。たとえば私が帰省した際、ボンクラな独り身の姉が身内に、
「そろそろ親に孫の顔でもみせてやっては……」
などと詰められていると、
「なんの前触れもなく、赤ん坊を抱いてひとりで帰ってく
ロングディスタンス⑨
少し飲まない期間が続いただけで、酒にはずいぶん弱くなったと思う。
一人暮らしをしていた頃は、ひとりで居ても誰かと居ても晩は昨夜開けたような強い酒を何本も呷っていたのに。
「……気持ち悪い」
夕真は独り呻きながら体を起こし、枕元の携帯に手を伸ばした。焦点が合わないのは眼鏡をかけていないせいだ。
覚えている。喜久井は部屋を出ていく前、ご丁寧に夕真の顔から眼鏡を外してノートパソコンのキー