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ショート小説まとめ

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オリジナルのショート小説をまとめています。科学を題材にしたものから、ノンジャンルまで。
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2021年8月の記事一覧

スペクトル

スペクトル

「夕日は虹みたいに色が分かれているから赤だけじゃなくて黄色も緑色もあるんだよ」

物知りのT君が今日も新しいことを教えてくれた。
塾帰りの18時過ぎ、土手で空を眺めた。

「黄色はわかるけど緑はどこ?」「あそこだよ」「どこ?」「煙突の先のあたり」「うーん、緑に見えなくもないけど、青じゃね?」「あぶない!」

突然手を引き寄せられた。後ろから自転車が来ているのに気づかなかった。

夕方に土の匂いを嗅

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結露

結露

生活習慣病を悪化させて亡くなった叔母の家を思いがけず相続することになった。賃貸マンションを引き払って愛犬マロンと丘の上の一軒家に転居してから半年がたった頃。

その日はめずらしく雪が積もっていた。朝は注意して歩いていたのに、昼間コンビニに行く途中にうっかり滑って転んでしまったらしい。

頭を打って目を覚ますまでに3日過ぎたことにベッドで気づき、マロンを家に置き去りにしてしまったことを察した。
お腹

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宇宙線と汗

宇宙線と汗

目に入った目覚まし時計の温度表示が30.2℃、どうりでダルいわけだと思いながらちゃぶ台に突っ伏した。

大学進学で上京して1年目の夏。友達もいないし、することもない。

ひまだ。

アパートでのんびりしようにも、エアコンはカビだらけで使いたくない。暑さから気を紛らわせようと、なんとなく手を眺めていたら高校の物理の先生の言葉を思い出した。

「人間の手のひらの面積には、毎秒1回の頻度で宇宙線が通り抜

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祖父と双眼鏡の色分散

祖父と双眼鏡の色分散

高校の夏休みに、東北の山奥にある母の実家に遊びに来た。
いつもと違う味噌汁の朝ごはんを食べて、長靴を履いて畑を散歩して、おばあちゃんが切った桃を食べて、オニヤンマを追いかける。

8月半ばに宿題なんて、考えたくもない。

暇を持て余して畳を転がっていたら、母が物置から双眼鏡を見つけてきた。両手に収まらない大きさで500mlのペットボトル2本よりも重い。鼻を近づけたら、確実に時間の経過を感じる変な臭

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目覚ましとマスク

目覚ましとマスク

リモートワークが続いて身たしなみを気にしなくなってから1年過ぎたころ、朝になると鼻がかゆくて目が覚めるようになった。
鼻がかゆいんだけど、布団から起きるとかゆみが引く。布団にダニがいるわけでもないようだ。
以前は寝坊が多かったのに、いつも7時ちょうどに目が覚めるようになってむしろ気分良い。
ある朝用事で早く起きて歯を磨いていると、7時ちょうどに鏡の前の自分の鼻毛がうねうね動いているのがわかった。ど

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花柄の魔法瓶

花柄の魔法瓶

ルイボスティーを持ち歩いていた水筒を無くしてしまった。外出先で落としたらしい。300円ショップで買った、透明のボトルだ。

買い直すのももったいないので実家に顔を出して水筒を余らせていないか探してみた。すると、母がそういえばと台所の下をゴソゴソし始めた。

取り出したのは1Lは入るだろう大きな水筒。肩掛けの紐がついた、赤いコップのついたもの。そしてなにより目につくのは、側面がベージュ地にオレンジの

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マスクとK子

マスクとK子

夕方、街で用事を済ませてから本屋に寄ると、視界の端に入った人物が気になって二度見した。K子? マスク越しでもあの天然パーマの髪型は見覚えがある。K子も私を見てすぐ気づき、笑顔で再会を喜んだ。

高校時代、漫画やアニメの趣味が合って、よく知識比べのクイズを出し合ったり、クラスが別になっても廊下でじゃれ合ったりしていた。高校3年になると私は受験勉強を始めていたが、K子は一向に勉強するそぶりもなく遊びほ

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公園の赤い木の実

公園の赤い木の実

 僕らがよく遊んだ公園は2つあって、片方は砂場やブランコやすべり台があった。もう片方は真っ平らな空間の端に鉄棒と木があるだけ。小学2年生ころまでは砂場やブランコで遊んでいたけど、だんだんサッカーや縄飛びに凝っていって真っ平らな公園に行くことが増えていった。

 真っ平らな公園に生えてる木がなんの木か、同級生も兄も誰も知らなかったけど、夏も冬もいつも葉っぱが青々と生えていた。小学校低学年では登れなか

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落下した告白 #宇宙SF

落下した告白 #宇宙SF

一台のロケットで複数の小型人工衛星を打ち上げられる様になったため、最近では宇宙空間との通信実験がカジュアルに行える。

僕がいた大学の貧乏研究室でも、手のひらに乗るサイズの通信衛星を開発している。今日はクライマックスの組み立ての日だ。事前に念入りに動作確認した電子回路とセンサーを黒い15cm四方の箱に組み付けていく。もうドライバーを何周回転させているだろう。

組付けをちょうどいいところまで行いた

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おじいさんの割り箸[ショートショート]

おじいさんの割り箸[ショートショート]

「#物語の発想法を学ぶ」noteイベントのお題より
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介護ヘルパーの私が週1回家にお手伝いに行くおじいさんは、90歳を過ぎても元気に溢れている。自転車で街に買い物に行くし、井戸水を浴びて体を洗って日光浴したり、見ているこちらもヒヤヒヤするくらいだ。

でも年には勝てず、歯がボロボロで硬いものが食べにくいようだ。いつも柔らかく炊いたご飯と煮物や味噌汁を作ってあげるのだ

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空蝉クリニック #物語の発想法を学ぶ #夏休み

空蝉クリニック #物語の発想法を学ぶ #夏休み

#物語の発想法を学ぶ #夏休み  のお題より。
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最近は管理職で高収入の女性が多いので、肌の若さを保つためにお金を惜しまない人も増えてきた。そんな人向けにグレーゾーンな美容術もちらほら出てきている。

空蝉美容術もその一つだ。クリニックで打つ不思議な注射を打って2日もすると、全身の皮がペリペリ剥がれてツルスベ

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吸収と反射[ショート小説]

吸収と反射[ショート小説]

ブルーライトカット眼鏡をかけて玄関を出ると、太陽が目に入る。
そのとき、眼鏡のレンズがどんな透過スペクトルになっていて、どのあたりの波長の光がカットされているか無意識に考えてしまう。

大学で光について学んだ弊害だ。

植物の葉っぱは緑色。森の木々のことを緑と呼ぶこともある。子供の頃から、植物は緑色と親しいんだとなんとなく思っていた。

でも実は違う。

光の中で、赤色と青色を吸収して光合成に使う

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