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ᐢ.ˬ.ᐢ

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記事一覧

掌編小説/最後のおしゃべり

掌編小説/最後のおしゃべり

 二人は公園のベンチに座り、老人が話し終えるまで、もうひとりの老人は黙っていた。
 二人は帽子をかぶり、厚手のコートを羽織っていた。帽子もコートも仕立てがよく、買った当初は高級品だったのかもしれないが、いまではくたびれ、ところどころに虫喰いの跡があった。
「それにしても」ともうひとりの老人が言った。「人ひとりの人生ともなれば、すごい量だな」
 ダンボールのなかには、さまざまな紙の束が積み重なってい

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プロローグ/夜のない星

プロローグ/夜のない星

 彼女の視神経について書こうとしている。羞明と呼ばれる症状だ。光に極度に反応して、些細な光量であっても眩しく感じる。彼女の症状はその最たるもので、夜であっても眩しいという。夜を見たことがないという。
 鳴宮聡子。
 彼女が知っているのは、光と色が混沌とした夜だ。雷鳴、そして驟雨——網膜にできた夥しい光の傷が、彼女の視界に降りそそいでいる。
「笑い話があるんだけど」と彼女は、路地裏で燻っている焼死体

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短編小説/十数年魔

短編小説/十数年魔

♯1

 朝起きてから牛乳を飲んだ。マーガレットだろうか、ガラスコップの表面には昭和レトロにデザインされた白い花がプリントされている。花びらが牛乳の白と同化して、中央の黄色い円だけが浮かんで水玉模様になった。

 1992年。8歳のわたしは祖母の家で漫画を描いている。自宅から持参したノートに鉛筆。汗ばんだ消しゴム滓ばかりが増えていく。

 2024年。40歳になったわたしは台所のテーブルに寝そべっ

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【詩】真夏のやけっぱち

無色の火柱があちらこちらで燃えさかる
500ml
あまりの非力さにむしゃくしゃしながら
シャッターだらけの裏道でゴミ箱をけとばした
だれかの吐瀉物がわたしの靴をよごしたけれど
吐瀉物よりどろどろな自身の臭いに鼻がゆがんだ
どろどろは包み隠すほどに光り輝き
正当化する被害者意識、争いのはじまり
それは本意ではない、誠に遺憾であります
ばらまかれた快楽
優しい言葉、きれいな言葉の裏側にはりつく焦り

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【映画感想文】そのセックスが嫌だったと気がつくまでには時間がかかる - 『HOW TO HAVE SEX』監督: モリー・マニング・ウォーカー

【映画感想文】そのセックスが嫌だったと気がつくまでには時間がかかる - 『HOW TO HAVE SEX』監督: モリー・マニング・ウォーカー

 たしかに同意はしたけれど、本当は嫌だったということは往々にしてある。

 面倒くさい仕事だったり、友だちや親族からのややこしいお願いだったり、つい、空気を読んで「いいよ」と言ってしまったばかりに悶々としてしまう。

「そうだよ。わたしはたしかに同意した。でも、それはNOを言えない雰囲気に負けてしまっただけ。本当はちっともやりたくないんだってば!」

 心の中ではそんな風に叫びたい。でも、どうせ誰

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雨の七夕 #青ブラ文学部

雨の七夕 #青ブラ文学部

 ヒグチくんは声が小さい。
 おまけにボソボソと喋る。
 長身だけど痩せていて、自らオーラを消してるんじゃないかって雰囲気でクラスでも目立たない。
 この春に入学した高校、その最初のクラスでヒグチくんは私の隣りの席になった。最近ではクラスのみんなとも打ち解けて、お互いにどんなキャラなのかを把握できるようになったし、私にも友達が出来た。そしてヒグチくん。私は密かに彼がエスパーじゃないかと疑っている。

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短編小説/夜行バスに乗って

短編小説/夜行バスに乗って

 帳面町には古いしきたりがあって、四人の童貞が神事を務めなくてはならない。巫男と呼ばれている。巫男に選ばれた男は死ぬまで童貞を守らなければならない。巫男の一人だった武田冨福さんが八三歳で逝去されたのは、暖冬のまま終わると思われた冬が急に底冷えしはじめた二月の終わりのことだった。
 四人ということに意味があって、三人では駄目なのだろう。諜報員の眼をした自治会の人が見廻りをしている。心の奥を見透かすよ

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小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

太郎の髪は細く飴色で、しかしその繊細な見た目からは想像も出来ないほど強いコシを持つ。くるりくるりと頭部から四方八方へと跳ね、その毛を伸ばす。赤子故にそれは太郎をたいへん可愛らしく見せ、大人はしきりにその薄毛頭を撫でたがった。

そんな幼少期だったため、髪は早くから自分が可愛いと認識していた。あちこち自由に飛び出し、全く太郎の言う事を聞かない髪へと成長してしまった。

髪はたいそう夢見がちでアニメな

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短編小説/幽霊屋さん

短編小説/幽霊屋さん

 窓ガラスには河瀬の顔が映っていた。
 半透明になった彼女の顔の向こうに、アスファルトの道路が見える。午前中から降りはじめた雨は深夜になっても降り止まず、天気予報を見ると来週まで雨だった。
 雨に濡れたアスファルトは、その表面を水の膜に覆われて、生物めいた光沢を放っていた。アパートの前には都市高速が走っており、高架下の中央分離帯には金網に囲まれた空き地が見える。何もない場所を街灯の光が照らしている

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掌編小説 | わたしの青

掌編小説 | わたしの青

 あるとき、目に映る世界がすべて青になった。それは、幼かった自分がはじめてつくり上げた、わたしだけの世界だった。
 誰の悲しみにも触れたくなくて、水に浮かぶイメージを持ち、ゆっくりと体を丸めて青に沈んでいく。静けさと、冷えた感情だけに包まれるその世界では、目を開けても視界はぼやけている。ただ、濃淡のある青いグラデーションが目の前に広がっていた。
    耳の奥でクジラが鳴く。実際には聞こえないその

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小説/汐喰シーサイドホテル704号室

小説/汐喰シーサイドホテル704号室

「お願いだよ、この通り。な、な?」
父さんは  汐喰シーサイドホテルのフロントカウンターで両手を合わせる。
僕はカウンターに飾られた金色に光る〔Good-bye 2023〕の文字を見つめてる。
「海の見える部屋だって本当はひとつくらい空いてるだろ。な」
「申し訳ございません。あいにく満室でございます」
ホテルの人は同じ言葉を繰り返す。
「年越しの花火を子どもたちに見せたいんだよ。分かるよな。な?」

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小説/汐喰シーサイドホテル517号室

小説/汐喰シーサイドホテル517号室

 歳を重ねるにつれて、夢と現実の距離が近くなった。目覚めながら夢を見ている。夢を見ながら目覚めている。ホテルの窓から見えるのは、白い空と灰色の海だった。
 涸れたプールの向こうにある砂浜を、ホテルの宿泊客と思われる家族が歩いている。痩せた母親とせむし男。その後ろを歩く二人の男の子は合成獣で、顔は人間なのだが、その体は蜘蛛だった。
 男の子たちは八本の節足を動かし、大きく膨らんだお腹を引きずって歩い

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短編小説/イハリ、イハリ、イハリ

短編小説/イハリ、イハリ、イハリ

 その国には、王様もおらず、指導者もいなかった。所有という概念もなく、通貨もなく、国境も存在しなかった。人々はコカの葉に漬けた林檎を主食とし、眠りたいときに眠り、目覚めたいときに目覚め、喋りたいときに喋った。人々は幸せだった。しかし、わずか三日で崩壊したため、だれも知らない。
 イハリ、イハリ、イハリ。
 プラスチック製の白いガーデンチェアだ。
 肘掛けがあって、放射状にデザインされた背もたれには

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童話/動物たちの夜

童話/動物たちの夜

 夜空に輝く星たちは、自分がいままでに食べた動物たちの目らしいです。
 自分がどれだけの動物を食べたのか、もう数えきれないほど食べています。
 昨日も食べました。
 あの右のほうに二つならんでいる星が、昨日食べた鶏の目かもしれません。そう思うと、肉髭をふるわせながら、朝を告げるその姿さえ夜空に浮かんできます。
 わたしの左手に鼻先を押しつけるようにして、この地球上でもっとも愛すべき犬種であるジャマ

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