マガジンのカバー画像

スキ以上

13
本棚☆*:.。
運営しているクリエイター

記事一覧

短編小説/夜行バスに乗って

短編小説/夜行バスに乗って

 帳面町には古いしきたりがあって、四人の童貞が神事を務めなくてはならない。巫男と呼ばれている。巫男に選ばれた男は死ぬまで童貞を守らなければならない。巫男の一人だった武田冨福さんが八三歳で逝去されたのは、暖冬のまま終わると思われた冬が急に底冷えしはじめた二月の終わりのことだった。
 四人ということに意味があって、三人では駄目なのだろう。諜報員の眼をした自治会の人が見廻りをしている。心の奥を見透かすよ

もっとみる
小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

太郎の髪は細く飴色で、しかしその繊細な見た目からは想像も出来ないほど強いコシを持つ。くるりくるりと頭部から四方八方へと跳ね、その毛を伸ばす。赤子故にそれは太郎をたいへん可愛らしく見せ、大人はしきりにその薄毛頭を撫でたがった。

そんな幼少期だったため、髪は早くから自分が可愛いと認識していた。あちこち自由に飛び出し、全く太郎の言う事を聞かない髪へと成長してしまった。

髪はたいそう夢見がちでアニメな

もっとみる
短編小説/幽霊屋さん

短編小説/幽霊屋さん

 窓ガラスには河瀬の顔が映っていた。
 半透明になった彼女の顔の向こうに、アスファルトの道路が見える。午前中から降りはじめた雨は深夜になっても降り止まず、天気予報を見ると来週まで雨だった。
 雨に濡れたアスファルトは、その表面を水の膜に覆われて、生物めいた光沢を放っていた。アパートの前には都市高速が走っており、高架下の中央分離帯には金網に囲まれた空き地が見える。何もない場所を街灯の光が照らしている

もっとみる
掌編小説 | わたしの青

掌編小説 | わたしの青

 あるとき、目に映る世界がすべて青になった。それは、幼かった自分がはじめてつくり上げた、わたしだけの世界だった。
 誰の悲しみにも触れたくなくて、水に浮かぶイメージを持ち、ゆっくりと体を丸めて青に沈んでいく。静けさと、冷えた感情だけに包まれるその世界では、目を開けても視界はぼやけている。ただ、濃淡のある青いグラデーションが目の前に広がっていた。
耳の奥でクジラが鳴く。実際には聞こえないその

もっとみる
小説/汐喰シーサイドホテル704号室

小説/汐喰シーサイドホテル704号室

「お願いだよ、この通り。な、な?」
父さんは 汐喰シーサイドホテルのフロントカウンターで両手を合わせる。
僕はカウンターに飾られた金色に光る〔Good-bye 2023〕の文字を見つめてる。
「海の見える部屋だって本当はひとつくらい空いてるだろ。な」
「申し訳ございません。あいにく満室でございます」
ホテルの人は同じ言葉を繰り返す。
「年越しの花火を子どもたちに見せたいんだよ。分かるよな。な?」

もっとみる
小説/汐喰シーサイドホテル517号室

小説/汐喰シーサイドホテル517号室

 歳を重ねるにつれて、夢と現実の距離が近くなった。目覚めながら夢を見ている。夢を見ながら目覚めている。ホテルの窓から見えるのは、白い空と灰色の海だった。
 涸れたプールの向こうにある砂浜を、ホテルの宿泊客と思われる家族が歩いている。痩せた母親とせむし男。その後ろを歩く二人の男の子は合成獣で、顔は人間なのだが、その体は蜘蛛だった。
 男の子たちは八本の節足を動かし、大きく膨らんだお腹を引きずって歩い

もっとみる
短編小説/イハリ、イハリ、イハリ

短編小説/イハリ、イハリ、イハリ

 その国には、王様もおらず、指導者もいなかった。所有という概念もなく、通貨もなく、国境も存在しなかった。人々はコカの葉に漬けた林檎を主食とし、眠りたいときに眠り、目覚めたいときに目覚め、喋りたいときに喋った。人々は幸せだった。しかし、わずか三日で崩壊したため、だれも知らない。
 イハリ、イハリ、イハリ。
 プラスチック製の白いガーデンチェアだ。
 肘掛けがあって、放射状にデザインされた背もたれには

もっとみる
童話/動物たちの夜

童話/動物たちの夜

 夜空に輝く星たちは、自分がいままでに食べた動物たちの目らしいです。
 自分がどれだけの動物を食べたのか、もう数えきれないほど食べています。
 昨日も食べました。
 あの右のほうに二つならんでいる星が、昨日食べた鶏の目かもしれません。そう思うと、肉髭をふるわせながら、朝を告げるその姿さえ夜空に浮かんできます。
 わたしの左手に鼻先を押しつけるようにして、この地球上でもっとも愛すべき犬種であるジャマ

もっとみる
短編小説/スフィンクスは今宵も寝て待て

短編小説/スフィンクスは今宵も寝て待て

 お金をかけて戦闘機を飛ばした。実際に町をひとつ破壊した。そこに土偶が運転するUFOを付け加えたらどうなるか、と映画監督は考えた。
〈スフィンクスは今宵も寝て待て〉と題された映画がどれだけ素晴らしい傑作か、ぼくは三時間かけて執念深く話したが、映画ライターの逢沢京子は狐につままれたような顔をしていた。

「その話って、まだ続きます?」
「あと五年ぐらい?」
「観せてもらえたほうが助かるんですけど」

もっとみる
ゆで卵男 (短編小説)

ゆで卵男 (短編小説)

体の右側がいつもより騒がしい気がして、僕は詰めていたイヤホンを外した。

「ゆで卵を食べたいんだ」

はっきり聞こえるその声は、大声で主張している。
その前に、僕がいるここはどこだっただろう。
目の前にはノートパソコン。その隣には皿があり、卵の殻と粗塩が少々乗っている。
あまりに作業に没頭していて瞬時に思い出せなかったが、ここはカフェで、僕は朝食を取っていたようだ。

「目玉焼きじゃ代わりにならん

もっとみる
掌編小説/読書前夜

掌編小説/読書前夜

 読む時間よりも、本を探している時間を愛している。
 駅ビルの六階に入っている本屋の文庫コーナーには、ほとんど誰もいない。いたとしても、新潮に一人、河出文庫に一人、ハヤカワのSFや海外ミステリーの棚に一人。
 彼は平積みになっている文庫の表紙を眺めながら、文庫コーナーを一周する。平積みになっているのは、新刊や人気作家の小説やエッセイ。
 この本屋には毎週来ているので、その景色が大きく変わるわけでは

もっとみる
掌編小説/孤独なクリーチャー

掌編小説/孤独なクリーチャー

 寒い日だった。
 重たい雲からは、雪がひらひらと降りはじめた。
 体じゅうに弁当屋の油が染みこんだ頃、ぼくはアルバイト先をあとにした。年末の慌ただしさに逆らうようにして駅から駅へ、次の駅から次の駅へと乗り継いでいく。最後は単線の無人駅で、併設されている地蔵堂の屋根には雪が積もっていた。

「お帰りなさい」
 台所から妻の声が聞こえる。部屋は暖かい湯気に包まれている。
「ただいま」とぼくが言うと、

もっとみる
短編小説/扇風機埋葬

短編小説/扇風機埋葬

「どうしましょうか?」
 僕はたずねる。
 男は——仮に〈教授〉としておく。
 教授はショートケーキのフィルムを舐めながら言う。「どうしようもないさ」
 僕らが話しているのは、扇風機のことだ。昭和時代に大量生産された骨董品。
 半透明の羽根は青く、胴体部の塗装は剥げ落ち、錆色の地肌を見せている。強中弱のボタンを切り替えるたびに大げさな音を立てて、そのくせ、貧弱な風しか送ってこない。どのボタンを押し

もっとみる