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短編小説/夜行バスに乗って

親愛なる豆島圭に
そして風林火山号にご乗車の皆様に
エログロ描写があります。苦手な方は控えて頂けますよう宜しくお願いしますの注意書きを添えて

 帳面町には古いしきたりがあって、四人の童貞が神事を務めなくてはならない。巫男と呼ばれている。巫男に選ばれた男は死ぬまで童貞を守らなければならない。巫男の一人だった武田冨福さんが八三歳で逝去されたのは、暖冬のまま終わると思われた冬が急に底冷えしはじめた二月の終わりのことだった。
 四人ということに意味があって、三人では駄目なのだろう。諜報員の眼をした自治会の人が見廻りをしている。心の奥を見透かすような笑みを浮かべて、「今日は雨ですね」と声をかけてくる。彼は黒い雨合羽を着ていて、フードはしておらず、濡れて細くなった髪の毛の奥に脂ぎった地肌が見える。「今日はどちらに?」と話しかけてくる。ぼくは知らない人とは喋らないように教えられて育ったので、会釈だけして歩き去ろうとするが、そのときに男が何かを落とす。重たい金属音がして、拳銃だったのではないかと思う。ひどく散漫な動作でそれを拾いあげている姿がぼくが男を見た最後で、バス停のあたりまで足早に歩き、もしかしたらその銃弾をぼくの肛門にぶっ放してもらえたら、いっそのこと待ち望む涅槃がひと足先におとずれたのでは? なんて考えてみる。
 帳面町のいたるところに設置されている掲示板には、フリーマーケットの開催を知らせるそのとなりに、新しいポスターが貼られている。

 この町の未来を守れるのはあなただけ。
 帳面町では一八歳以上の穢れなき男性を募集しています。

 ある男は小学校の飼育小屋を襲撃した。男いわく多様性ということらしい。
 駅の裏手にある風俗店の前には婦人会の人たちがたむろしていて、わずか一秒でも人恋しそうな目を見せれば、拠点となっているスーパーの二階に連行される。
「あなたは童貞ですか?」と婦人会の女がたずねてきて、そのこたえは嘘だが「いいえ」だ。彼女の唇はクレヨンを食べたみたいに真っ赤で、瞼はターコイズブルーに染まっている。長机の下で組んでいる短い足をしきりに組み直していて、長年セックスにありつけていない不満がありありと伝わってくる。「初体験のことを教えてください」と資料を見ながら、上遣いにちらりとぼくを見て問いかけてくる。「そのとき……そのときとは相手の女性があなたの愛撫を受け入れたときですが、その女性は何か囁きましたか?」そんな経験はないが、こたえは「はい」だ。「何て?」「やさしくしてね?」「あなたは女性のどこから愛撫しましたか?」「乳房です」「それは右の? 左の?」「左です」彼女は舌舐めずりして、滲んだ口紅がそれでなくても大きい唇をさらに大きくする。鼻息を荒くして質問を続ける。「あなたは女性器、つまりヴァギナのことですが、どのように?」「どのように、とは?」「指を使って?」「はい、指を使いました」「指だけですか?」「いいえ、舌も使いました」「女性器はどんな匂いがしましたか?」「フローラルな薔薇の香り?」すると、彼女の目から欲情が消え失せる。深いため息をついて、乗り出していた体をパイプ椅子の背もたれに戻す。書類に何やら記入する。「質問は以上です」
 手のひらに汗が滲む。童貞決定だ。必ずどこかに綻びが生じる。
 ぼくが幼なじみの椎名あかねに連絡したのは、通販会社の動画配信サービスで『童貞ペンギン』という映画を観た直後のことだった。皇帝ペンギンの一群が南極大陸の奥地まで愛を求めて旅をする。暖かくなると、彼らは盛んに交尾をおこなった。ただそれだけの映画だった。
「で?」
「だから、今のままでは巫男にされるかもしれないんだよ」
「一生セックスできないってこと?」
「そう」
「とりあえず、うちくる?」
 久しぶりに乗った自転車の錆びた悲鳴を響かせながら夜の町を疾走し、椎名あかねが住んでいるアパートのドアをノックすると、はたしてそこにいるのは彼女ひとりだった。同居している母親は、今夜は夜勤らしい。自分の妄想が現実を帯びてくるようで、なんだか怖い。怖いので、最悪なシナリオも想定しておく。
「なにか飲む?」と言って椎名あかねが台所に立つ。ぼくらがいるのは老朽化したアパートの地球が滅びた後みたいなダイニングで、天井に吊るされたパナソニックの青みがかった電球のせいで、椎名あかねの顔も、おそらくはぼくの顔もすでに死後何日か経過して、あとは火葬を待つだけみたいに青ざめている。「インスタントだけど」と椎名はコーヒーが注がれたマグカップをぼくの前に置いて、「ころそーころそーころっそー」と最近やけに耳につくメロディを呟きながら冷蔵庫を開ける。「ごめん、牛乳ないや」と言って振り返る。彼女はまだ三月だというのにフロリダ州のチアガールみたいなタンクトップを着ていて、「どうしたらいい?」とたずねてくる。「ミルク無しでいいよ」とぼくはこたえる。それなのに彼女は「ほんとにいいの?」と言ってぼくの顔を覗きこむ。タンクトップの首元がたわんで小さな乳房が見えそうになって、「ブラジャーは?」とたずねると、「そんなの平成で滅んだよ」と言う。「あたしはどうしたらいい?」と執拗にたずねてくるので、ぼくは彼女のちっぽけな吹出物みたいな乳首を見つめながら「椎名の……」とうっかりこたえてしまう。「わかった」と椎名は言って、台所から包丁を取り出してくる。自分の首から鎖骨のあたりを切り裂いて、飛び散った血が僕の顔とマグカップに注がれる。「えっ、椎名?」「何?」「いや、ちがうんだ」「何がちがうの?」「ぼくが言ったのは椎名のミルクを……」「あたし、母乳なんか出ないよ」「ごめん、それは知っているんだけど、お願いだからやめて!」「どうして?」椎名が恍惚の表情を浮かべて自分の体を刺し続ける。血飛沫がダイニングを赤く濡らして、泡立つ生命が匂い立つ。
 おそらくこれが、ぼくが考える最悪なシナリオで、椎名あかねが「なにか飲む?」と台所に立ったところまで時間を巻き戻す必要がある。
 ——おれもあるよ。女性に対してひどい妄想すること。
 スマホの画面に着信を知らせる通知が現れて、確認すると友人のサクマからだった。
 混乱させるようで申し訳ないが、これは夜行バスのなかだ。帳面町から東京に向かう夜行バスのなかで、出発を告げるアナウンスがあってバスが動きはじめ、ぼくは車窓に額をつけて、窓に映った自分の影のなかを流れていく帳面町を眺めていたが、期待していた感傷はおとずれなかった。思い出されたのは、飼っていたポメラニアンが家出して蛇をくわえて戻ってきたことと、小学生の頃、好きになった女の子に恋文を送って、その女の子が恋文を読んだとたんに吐瀉した事実だ。
 サクマから着信があったのは、帳面町の右端に位置するガスタンクを過ぎたあたりだった。
 ——おれなんて、ぐちゃぐちゃにしてるよ、毎日。
 いいね、する。
 ——それがぜんぜん知らない女。道ですれ違っただけの女が裸になって、濡れた草原を駆けてくるんだ。彼女はおれの瞼の裏側で本を読んだりする。それは安部公房だったり星新一だったりするんだが、『箱男』なんて読みながら、彼女はちょっとわからないとでも言うみたいに人差し指で自分の唇を撫でたりする。
 知らんよ、と思いながらも、いいね、する。
 ——男の行動なんて、すべて性欲に結びついている気がするよ。告白とかプレゼントとか、そんな直接的な行動はもちろん、日常の会話から、おはよう、おやすみなさいの挨拶の一字一句まで性欲が潜んでいて、SNSでいいねを押す瞬間さえ、セックスがこびりついている。
 ——それはつまり、お金持ちになっても、尊敬される人になっても、たとえ童貞を捨てたとしても、セックスからは逃れられない?
 いいね、がものすごい速さで点滅する。
 椎名あかねが着ているのはユニクロのフリースだった。それが可愛くない茶色なので、上半身だけがオラウータンみたいに着膨れしている。おそらく履いているスキニーのデニムもユニクロで、もしかしたらGUか、H&Mかもしれないが、つまり何が言いたいかというと彼女を形容する言葉はあまりに少なくて、端的にいえば、普通だ。いつから美容室に行っていないのか、肩までの髪が外側に向かって跳ねていて、いつもはコンタクトだが今は眼鏡をかけている。肌が弱く、無印良品の敏感肌用化粧水を常用している。
 彼女は夜な夜なネット動画のライブ配信を眺めている。それはどこかの山荘の食堂を映していて、テーブルとイスがならんだ無人の食堂にはパンダのぬいぐるみが座っていたりする。床に転げ落ちているときもあれば、ぬいぐるみがない夜もある。非常口を知らせる緑色の光が画面の全体を包んでいて、時折り見廻りの人間が手にした懐中電灯の光が横切る。彼女はここで殺人事件が起こって、自分が目撃者になることを夢見ている。
「嘘つきだね」
 そう、ぼくは嘘をついている。彼女がネットのライブ配信を夜な夜な観ているかは知らない。自分が望む物語を通して女性を見てしまうのはぼくの悪い癖だ。逆をいえば、そうでもしないと女性を直視することができないのだが、今回は事実だけを述べることにする。
 彼女はユニクロのフリースを着ていて、ぼくと同じ一九歳で、現在はどこかのデザイン事務所の見習いとして働いていて、親同士が仲が良かったので子どもの頃はよく遊んでいたが、ぼくの父親と椎名の母親が不倫して、倒錯したセックスを実の子に見せつけることで自分たちの関係が少しずつ甘美な死に向かっていくのだと二人は頑なに信じていて、ぼくと椎名は正座してそれを見ていて、結局二人が死ぬことはなく、椎名の両親は離婚して、ぼくの両親は離婚しなかった。
 僕が知っているのは、そんなどこにでも転がっている狂った大人たち。それに巻きこまれた子どもたちの歪んだ恋愛事情だけだ。
「どうしてそんな嘘つくの?」
 自分でもわからない。
「で?」
「椎名のことが気になっていたというか、ずっと好きだったんだと思う」
「だから?」
「椎名とセックスがしたい」
 椎名はなぜか電子レンジを見つめて、それは自分の価値を高めるための儀式ばった演出のように思えたが、ぼくは黙っていた。
「いいよ」と椎名は言って、「ここでするの?」
「ここでもいいし、ここではないどこかでもいいし」
 椎名はあらたまって「でも、その前にもう一回、ちゃんと告白してほしいです」
 ぼくはうなずく。
「あなたのお名前は?」
「杉田です」
「あたしのことを?」
「好きです」
「あたしは初めての?」
「はい。初めての女性です」
「だからあなたは?」
「童貞です」
 すると、椎名は顔を伏せてくすくすと笑いはじめる。「どうしたの?」とたずねると、フリースのポケットに隠していたスマホを取り出して再生ボタンを押す。童貞です。ぼくの声で繰り返される。童貞です童貞です童貞です……
「巫男決定だね、杉田くん。あたし、明日にでも自治会の人にこれ提出するし。前途有望の若者の未来とか? 興味ないんだよね、あたし。杉田くんの人生がセックスと無縁になっても、たぶんこの世界は変わらないし」
 ふざけるな、と言おうとしたぼくの前に、椎名あかねはテーブルを、バンッ、と叩いて、身を乗り出す。彼女の顔がぼくの顔の数センチの距離まで近づいてきて、

「輪郭が輪郭がぼやけてるよ杉田くん?愛しているって言ってほしかったの?言ってほしかったのね永遠の童貞くん?でもおかしいよねあたしのこと好きでもないのにおちんちんにティッシュをつけたままだから童貞ってバレちゃうんだよハハハハハうちが母子家庭だからってふざけてるの?椎名あかねって名前がセクシー女優っぽいって?だからセックスできると思ったの?はあ?アニメでも観てればいいじゃん?好きでもない相手に発情してカウパー垂れ流して憐れだね憐れだよ気持ち悪いし糞ったれのオナニー野郎がそんな目であたしを見るなよ泣きたいのはこっちだよまったくおまえは一生誰からも愛されないよ覚悟して生きろよ彷徨える童貞くん!」

 というわけで、ぼくはここにいる。
 夜行バスに乗って帳面町を逃げ出そうとしている。
 ——文芸ブレイキン観てる?
 サクマからの着信があって、もちろん観てる、と返信する。
 文芸ブレイキンとは、即興のリレー小説で勝敗を決めるという対戦型文芸で、今夜は宮部みゆきvs恩田陸の対決がついに実現するというので、先月から話題を集めていた。
 ——恩田陸の切り返し見たか?
 ——見た。
 ——どうして社会派ミステリから、江戸時代の幽霊掛軸の話に変わったんだ?
 ——わからない。わからないけど、繋ぎ目がわからないほどスムーズだった。
 ——ああ、宮部みゆきもさすがだな。懐の深さというか、恩田の設定にしっかり乗っかりながら、彼女独自の視線で物語がつむがれていく。
 ぼくとサクマは、SNSの小説投稿グループで知り合った。だから顔は知らない。どこに住んでいるかも知らない。SNSのアカウントなんてその裏側に誰もいないのかもしれない。そういう意味ではサクマは幽霊みたいな存在で、ぼくの視界のあらこちに現れては消えていく。電車のホームで昼寝している初老の会社員、サクマかもしれない。空席が目立つ映画館でなぜかぼくのとなりを予約した体臭のきつい男、サクマかもしれない。今日は誰かの誕生日なのか、カサブランカの花束を持って歩いている。サクマかもしれない。
 もしもサクマが東京に住んでいて、しかも女性だったら?
 ——たとえば、こんなことを考えることないか? おれたちはようやく二足歩行をはじめたばかりの猿人とか何たらピテクスみたいな存在で、あれ、おまえ立ってるじゃん、すっげーって話し合っているみたいな。
 サクマがもしも女性だったら、ぼくは彼のお腹のなかで胎児になって最初から人生をやり直してもいいとさえ考えているが、サクマが女性である可能性は壊滅的に低い。
 ——そのときにしか見えない景色があると思わないか?
 少し考えてから、いいね、しておく。
 ——童貞だからこそ、できることがあると思わないか?
 ——ないと思う。
 ——童貞だからこそ、書けるものがあるとは思わないか?
 ——それはあるかもしれない。
 ——セックスに物語を見てるのか?
 ——わからない、と返信した後、でも、たった一回のセックスで人生が変わるってことってないのかな? たった一回の経験がその人に祝福をもたらして、生きる糧になって、この世界は変わらないけど、自分の世界は変わるみたいな、と送信し、サクマは笑うかもしれないけど、と付け足した。
 数分の沈黙があって、
 ——笑わないさ、とサクマの返信が表示された。
 バスはサービスエリアに停まり、乗客がぞろぞろと降りていく。三月の夜は春の気配を帯びているとはいえ、風は冷たく、ぼくはスナック菓子とコーヒーを買って、早々にバスに戻った。駐車場を歩いて戻っているとき、他の乗客がやっているみたいに少しだけ夜空を見上げた。
 ——町田康も出場しないかな?
 もう寝てるかもと思いながら送信すると、すぐにサクマから返信が戻ってきた。
 ——出ないだろうね、なぜなら彼はパンクだから。
 ——INUだったっけ?
 ——たいていの小説家が描いているのは、部屋の家具とか荷物をすべて外に出したら、あれ、思ってたより部屋が広く感じるっていう再認識だよ。それを町田康は家ごとぶっ壊して、あれ、でも思ってたより土地は狭いんだな、っていうことに気づかせてくれる。
 ——なんだろね、それ。
 ——椎名あかねではダメなのか?
 急に名前が出てきて、戸惑う。
 ——何が?
 ——たった一回のセックスで人生が変わるかもしれない。その後の人生がどれだけ悲惨だったとしても、その一回のセックスに救われるかもしれない、の続き。
 ——どうして椎名?
 ——椎名あかねは好きらしいから。おまえのこと。
 ——というか、どうしてサクマが椎名のことを知ってるんだっけ?
 しばらくは返信を待っていた。夜行バスは高速道路を走っていて、車内の照明は落とされている。車内のいたるところではぼくと同様、眠れない人たちがスマホを操っていて、その灯りがぼんやりと各所から発光している。もしも電波というものが目に見えたら、それは彼女の唇だったり、背中だったり、愛する彼の手だったり、耳だったり足の指だったりがバラバラになって車内を彷徨っている。
 サクマからの返信はなかった。
 その後は、サービスエリアで買ったスナック菓子を口のなかで湿らせて、できるだけ音を立てないようにして食べていた。午前三時を過ぎたあたりで眠くなり、浅い眠りのなかで覚醒を繰り返した。
 光と影が揺れて、登下校の小学生たちの笑い声に似た、それはもしかしたら誰かの粗悪なイヤフォンから漏れてくる動画の音声だったのかもしれないが、半ば覚醒している意識と混じり合って、夢のなかに八十三歳で死んだ武田冨福さんが現れた。実際にはお会いしたことがないので、本当の姿は知らない。夢のなかの冨福さんは小学生ぐらいの背丈で、野球帽をかぶっていて、顔は老人だった。ぼくの前を歩いていて、時々振り返って話しかけてくる。その声は聴き取れず、「巫男は……」「秘密の……」「帳面町の結界が……」と要領を得ない。
 冨福さんは交差点を右に曲がって、そこでぼくらは別れた。しばらく歩いてから、冨福さんが進んだ道の先は夢の境界で、断崖絶壁になっていることに気づく。
 ひゃっ、と驚きとも悲鳴ともつかない冨福さんの声が後ろから聞こえてきて、いやな気持ちになって目覚める。
 車窓に目を向けると、バスは市街地を走っていた。もう東京に着いたのかもしれない。
 スマホを確認すると、サクマからの着信が増えていた。
 ——覚悟して生きろよ、相棒。
 バスが新宿に着いて、バスターミナルに座れる場所を見つけてから、行き交う雑踏に気を留めることもなく、ぼくは椎名あかねに向けてのメッセージを考えはじめた。

 いかがお過ごしですか? ぼくはいま東京に来ています。といって何か目的があったわけでもなく、来てみただけです。椎名は嘘だと言うかもしれませんが、椎名のことが気になっていたことは本当で、たとえば友人と大阪に行ったとき、椎名におみやげを買って帰りました。大阪プチバナナという饅頭で、そんなのもらってないと椎名は言うと思いますが、買って帰ったのは本当なんです。帳面町の駅で、東京帰りのサラリーマンの人とすれ違って、その人の手には東京バナナの紙袋があった。その人は気づいていなかったみたいですが、ぼくはとっさに自分が手にしている大阪プチバナナを隠しました。なんて説明したらよいのかわかりませんが、自分が無価値なまがいものになった気がして。
 大阪プチバナナは、帳面町の駅のゴミ箱に捨てました。なので、椎名に渡すことができなくなってしまったんですけど、東京では何か買って帰ろうと思います。

(了)


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