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雨の七夕 #青ブラ文学部

 ヒグチくんは声が小さい。
 おまけにボソボソと喋る。
 長身だけど痩せていて、自らオーラを消してるんじゃないかって雰囲気でクラスでも目立たない。
 この春に入学した高校、その最初のクラスでヒグチくんは私の隣りの席になった。最近ではクラスのみんなとも打ち解けて、お互いにどんなキャラなのかを把握できるようになったし、私にも友達が出来た。そしてヒグチくん。私は密かに彼がエスパーじゃないかと疑っている。もしくは未来人とか、タイムリーパーかもしれない。

 今年の梅雨はあまり雨が降っていないけれど、それでも湿度は高くて今日も教室はジメジメとしている。
 初めてヒグチくんと喋ったのは、自分の席が決まったその瞬間だった。隣りになった彼とお互いに名前を言ったあと「よろしくね」と軽く会釈をした。するとヒグチくんは「坂本さんはどこから来てるの?」と訊ねてきた。私が最寄りの駅を答えると「帰り、階段には気をつけてね」と言った。ずいぶんと唐突に、そして不気味なことを言うなと私は思い、「あー、うん」と答えた。ヒグチくんの顔を見返すと長い前髪で、目はほとんど隠れていた。
 その日の帰り道、そんなやり取りをすっかり忘れて駅の階段を降りていると、向かいから走ってきた男の人が階段を上っている途中、私の横で盛大につまずいた。「大丈夫ですか?」と私が声をかけると、男の人は恥ずかしそうにすぐ立ち去ってしまった。その時にヒグチくんが言っていた台詞を思い出した。
 次の日、興奮気味に昨日起きたことをヒグチくんに話し、「どうしてあんなことを言ったの?」と訊ねた。するとヒグチくんは「別に、なんとなく」と一言答えてそっぽを向いてしまった。

 似たようなことがこれまでに何回かあった。どれも命に関わるような重大なことではなく、小さな出来事だったけれどそれをヒグチくんは的中させてきた。だから私はヒグチくんがエスパーじゃないかと疑っている。でもヒグチくんは学校の成績はあまり良くない。もし未来人ならテストの答えなんて簡単に分かるだろうから、タイムリーパーではないかもしれない。いや、目立たないようわざとやっている可能性もある。

 そんなわけで最近私はヒグチくんのことが気になっている。この前も何かの流れで自分の誕生日をアピールしておいた。
「来月の7日、私の誕生日なんだよね。七夕生まれなの」
 するとヒグチくんは私の顔を3秒ほど見つめて、「へぇ、雨の七夕に生まれたんだね」と言った。
 私は顔をマジマジと見られた恥ずかしさを隠すように「なんで雨だって分かるの?」と訊ねた。
「2003年の7月7日は雨だったじゃん」
 当たり前のようにヒグチくんはそう答えた。
 私はまた怖くなったけれど、なんとなくこの怖さに慣れてきた自分もいた。そしてヒグチくんは今年の七夕も雨みたいだねと言った。私は「未来のことも分かるの?」と興奮して訊ねると、「いや、普通に天気予報を見ただけだよ」と笑いながら答えた。
 家に帰って母に私が生まれた日は雨だったかと訊ねたら、たしか雨が降っていたよと返答があった。急にそんなことを訊く私を不思議がっていたから、「いや、なんとなく」とヒグチくんみたいに私は答えた。

 7月6日土曜日
 今日は栄えている隣町まで一人で買い物に来ている。夕方になり買いたかった物も揃ったので駅へと向かう。駅前のバス乗り場にヒグチくんを見つけ、慌てて私は隠れてしまった。背が高いので他の人よりは目立つが、私はシルエットとか後ろ姿を見ただけでもヒグチくんを判定できるようになっていた。それにしても私服のヒグチくんを見るのは初めてだった。物陰に隠れバレないようにヒグチくんを観察した。映画『時計じかけのオレンジ』のTシャツを着ている。ヒグチくん、Tシャツで自己主張するタイプなんだと思っていたら、バスが来てヒグチくんは行ってしまった。少しドキドキしたけれど、私も家に帰ることにした。

 明日は誕生日だ。
 今朝の天気予報だと明日は『曇りのち晴れ』になっていた。
 だけども明日は雨が降ることを、私は知っている。


(了)






 今回はこちらの企画に参加させていただきました。
 山根さん、よろしくお願いいたします。

最後まで読んでくださりありがとうございます。サポートいただいたお気持ちは、今後の創作活動の糧にさせていただきます。