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エッセイ他

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長めの詩と、物語と、ポエムの延長線上にあるエッセイと。
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#今こんな気分

体の性を自分で決める

体の性を自分で決める

 胸が膨らんでいても、子宮に続く穴があっても、毎月のように血を流しても。この体は「男の体」なのだ。

 常識で考えるなら女の体なのだろうけれど。体の性を決めるのは、意外とそんなに簡単じゃない。

 性器の形とか。

 顔の造りとか。

 背の高さとか。

 毛の生え方とか。

 筋肉や脂肪の付き方とか。

 そういうもので僕らは何となく人の性別を判定している。

 基準はあくまで平均に基づくもので

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僕は土になりたい

僕は土になりたい

 生命の循環する土に還りたい。

 そして何か美しいものを育みたい。

 僕に根を下ろして善いものを吸い尽くし、輝かしい花を咲かせてほしい。

 僕が花になることはできない。代わりに光を蓄える。朽ちて大地を豊かにできるように。

 土壌になるために書いている。

 自分で自分を耕して、掘り起こし、混ぜ返し。

 死んで腐った僕の残骸から、あなたの根が養分を探し当てられるように。

 まだ足りない。

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毎日が修行であってほしい

毎日が修行であってほしい

 修行という言葉は魅力的だ。修行と名付けられた瞬間、苦難はただの苦しみではなくなる。避けるべき苦痛が、乗り越えるべき試練に変わる。耐え抜くことに意味が与えられる。

 出口があると知っているから陰気なトンネルも歩いて行ける。報いがあると信じられるから努力できる。

 楽しいばかりではない日々を生き抜くことが修行だとしたら、到達点はどこだろう。この山を登った先に何があるというのだろう。道は霧に消えて

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忘れたい何かを取り戻す

忘れたい何かを取り戻す

 消し去ってしまいたい記憶も自分を構成する一部分ではあるのだから、忘れようとすれば心のどこかを切り離すことになる。

 夫を忘れようとしていた。そのことに気付いた時、身体に中身が少し戻ってきたような気がした。ランダムに形を変える模様のようだった景色が意味を取り戻そうとしているのを感じた。

 僕の生活の大部分は夫に紐付いていた。夫を忘れるためには、生活を忘れる他なかったのだ。

 ほぼ夫としか話さ

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強迫観念以外の理由で自分の世話をしたい

強迫観念以外の理由で自分の世話をしたい

 ご飯を食べて、歯を磨いて、部屋を掃除して、お風呂に入って、肌を保湿して、寝床を整えて。日常の、生活を保つためのケア。それらの動機が脅迫観念だったかもしれないと思う。

 脱毛やエステの広告のように、常に綺麗にしておかなければ嫌われるぞと自分を脅す。体調を崩して人に迷惑をかけ、嫌な顔をされる恐怖をちらつかせる。自分を脅迫することで、良好なコンディションを保つための行動を自分に取らせていた。

 例

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震災28年に寄せて

震災28年に寄せて

 突然の轟音に目を開けると真っ暗な闇だった。布団の中にいた私の上に母が覆いかぶさってきた。かすかにガスの匂いがした。

 父の運転する車。乗り込んできた祖父の額から血が流れていた。

 幸運にも身近な人は皆無事だった。祖父母の家にいた茶トラ猫のミーちゃんはどこかへ行ってしまってそれきり戻らなかった。

 祖父母と両親と私、それに犬猫数匹で伯父伯母の家に身を寄せた。5つ上の従兄に遊んでもらってそれな

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