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震災28年に寄せて

 突然の轟音に目を開けると真っ暗な闇だった。布団の中にいた私の上に母が覆いかぶさってきた。かすかにガスの匂いがした。

 父の運転する車。乗り込んできた祖父の額から血が流れていた。

 幸運にも身近な人は皆無事だった。祖父母の家にいた茶トラ猫のミーちゃんはどこかへ行ってしまってそれきり戻らなかった。

 祖父母と両親と私、それに犬猫数匹で伯父伯母の家に身を寄せた。5つ上の従兄に遊んでもらってそれなりに楽しんでいたように思うが、当時のことはあまり覚えていない。祖母と2人、死んだ金魚を松の木の根元に埋めたのは、震災の前だったか、後だったか。

 夜、電気を消すと泣き叫ぶので、煌々と明るい部屋で眠っていたらしい。今でも真っ暗な中では寝付けない。目を開いて目蓋の裏と同質の闇と対峙する瞬間が恐ろしい。閉じた目蓋の向こう側は暖かい光に照らされていると信じられてようやく安心して眠りにつける。

 母から聞いた話では、住んでいた家は半分崩れて、リカちゃん人形の家のように中が見えていたらしい。長く住んだ家ではない。それ以前から父の仕事の都合で引っ越しが多く、震災のすぐ後にもまた転勤で別の土地に移った。たまたまその時に揺れの大きい地域に逗留していた流れ者だった。

 震災を知らない土地で、震災など無かったかのように育った。壊れた街をほんの少ししか見ないまま。復興のことを何も知らずに。

 何年か経って、震災のあった地に戻ってきた。皆が震災のことを覚えていた。誰もが何かを失くしていた。震災のあった土地で、震災の後の時間を生きていた。

 私は後ろめたかった。震災直後に逃げ出して、瓦礫を片付ける悲しみも新たな街を作り直す苦労も知らず、その成果にただ乗りしているようで。被災者を騙る裏切者のようで。

 当事者を名乗ることもできず、部外者にもなり切れず、追悼の輪から外れた場所で、ただあの日のことを想う。

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