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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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#掌編小説

自己麻酔

自己麻酔

※残酷描写が含まれます

 旦那様は幼い奉公人に対する情けが深いと評判で、私も同い年の喜助もご多分に漏れず可愛がってもらっていた。

 私の悩みは旦那様の情愛を素直に喜べないことだった。何故かはわからなかったが、人肌に熱した水飴のような旦那様の視線に捕まると身体が強張って、早くこの時が過ぎ去ってくれるようにと祈らずにはいられないのだった。

 井戸へ水汲みに行った時、洗濯をしていた喜助にそれとなく

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灰かぶりの宝石

灰かぶりの宝石

 「ほこりちゃん」と私は呼ばれていた。いつも埃まみれになって掃除をしているからほこりちゃん。良い意味ではないのはわかっていたけれど、何となく響きが可愛くて私は気に入っていた。

 あだ名を付けたのは下の姉様。2人の姉はいたずら好きで、わざとスープを床にこぼして私に拭かせたりしていた。お母様はいつも見て見ぬ振りをしていた。

 いつだったか、姉様が上質の絹のスカートにトマトソースをこぼしてしまった時

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角と北極星

角と北極星

「どうしてわたしにだけ角が生えてるの?」

 幼い妹の舌足らずな問いかけに射抜かれ、両親は石像のように固まった。

 なぜという疑問が求めているのは、遺伝子のどこにどういう欠損が起きて額に骨の隆起ができたのだとか、そういう冷淡な因果関係の説明ではない。起こったことの意味だ。それを起こした大いなる何者かの意図だ。

 そのことを無意識に知っていたのか、父は答えた。

 「お前が前世で悪いことをしたか

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翡翠の卵

翡翠の卵

 怪物から逃げる時、碧色の卵を置いていった。

 硬くて重い翡翠の卵を、君に。

 君を見捨てて逃げた僕は、君を迎えに行きたくて、イタドリの陰から君を見ていた。

 君は不定形の怪物を背負って一人喘いでいた。

 僕は君を呼んだけれど、君は一瞥をくれただけで、怪物をしっかり背負い直した。

 君がずっとそうしてきたのは知っている。

 僕らが出会うよりずっと前から、君は怪物と生きてきたんだ。

 

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正当な金網

正当な金網

 細い細い絹糸のような金網の向こうから、だらだら歩く来園客たちが呑気に僕を眺めている。僕は客のいる通路に背を向けて、亀になる呪文を自分にかける。手足も頭も引っ込めて、甲羅で柔らかい肉を守る。

 二人連れの客が立ち止まり、僕の檻に表示された分類名を読み上げる。幾つもの聞きたくない名前と的外れな説明が甲羅の骨を振動させ、内臓を不安に共鳴させる。

「ねぇねぇ、あたしも見てって!」

 明るいオレンジ

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【小説】可愛い女(可愛がられるために自分をなくす話)

【小説】可愛い女(可愛がられるために自分をなくす話)

 就職するにあたって、本物の陶器肌ファンデというものを買った。

 肌を陶器のように滑らかに見せる化粧品は他にも多くあるが、このファンデーションの特徴は化粧をしていない時にあった。このファンデーションを使い続けると、徐々に肌質が変わっていき、すっぴんでも陶器肌をキープできるというのだ。

 入社式までの二週間、本物の陶器肌ファンデを毎日付け続けた。売り文句に嘘はなく、入社前日の洗顔後は鏡に顔を寄せ

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【小説】反証可能性(科学に裏付けられた驕りの話)

【小説】反証可能性(科学に裏付けられた驕りの話)

 一本の論文が世界を揺るがした。人間と動物の決定的な差異をついに発見したというのだ。

 粒子と波動の二重性のため、あらゆる物体は波動としての性質も持っている。人体をはじめとする生物の体も例外ではない。その波動を継続的に測定し、時間ごとに得られたグラフを重ね合わせると、特定の生物についてだけは美しい蝶のような紋様が得られた――つまり、人類だけに。

 「波動紋」と呼ばれたその理論は瞬く間に知れ渡り

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【小説】溺れない花(水仙と水草のわかり合えない話)

【小説】溺れない花(水仙と水草のわかり合えない話)

 水仙の花が泉を覗き込むと、水草が薄黄色い楚々とした花を咲かせていた。

「あの花はどうして溺れないのだろう。重たい水に閉じ込められて、繊細な花弁も軸も潰されてしまいそうなのに」

 水仙は軽やかな風に揺られ、しっかりと張った根に力を入れて背筋を伸ばした。

「あの花はきっと、罰として苦しみの中に閉ざされているのだ」

 水草の花は揺れる水面の向こうの水仙を見上げた。

「あの花はどうして乾き切っ

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【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

 お前の詩には魂がないと、師匠や他の高名な吟遊詩人らからは言われ続けていたが、言葉の糸を編み上げる技術は当代随一と自負していた。

 王子に随行する吟遊詩人として選ばれ、正直なところ俺は鼻高々であった。魔王を討伐し、近年活動を活発化させていた魔物たちを制圧すれば、王子は国を救った勇者として讃えられるだろう。そして俺の詠う英雄譚が、国の歴史として永久に刻まれることになる。師匠らを見返し、俺の名を轟か

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【小説】自食(リアル人狼ゲームの話)

【小説】自食(リアル人狼ゲームの話)

 今日も吊られずに済んだ。

 村に紛れ込んだ人狼に、また一人、喰い殺された。

 人狼を炙り出すための会議が今日も開かれる。

「ねえ、彼氏作んないの?」

 化粧の濃い村人Aが話題を振ってくる。

「なかなか良い人いなくてさあ」

 村人らしい口調、手つき、表情になるよう注意を払いつつ答える。

「どんな人がタイプなの?」

 ピンクの爪の村人Bが食い付いてくる。掘り下げなくていいのに。

 

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【小説】アーティスティック(芸術家になろうとした理由の話)

【小説】アーティスティック(芸術家になろうとした理由の話)

 奇をてらい過ぎ。

 それが美大受験のために画塾に通い始めた私に下された評価だった。

 私は大いに不服だった。他人と違うものを目指して何が悪い? 私には突出した個性があるはずだ。それを表現しようとしているだけじゃないか。

 夕食の席で愚痴ったら母は面倒臭そうに溜息を吐いた。

「何でもいいけどちゃんと合格しなさいよ。あんたみたいな変人、普通の会社に入れるわけがないんだから」

「わかってるよ

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【小説】野営地の夜(戦場から剣を盗み出す話)

【小説】野営地の夜(戦場から剣を盗み出す話)

 分隊の六人が眠るテントの中で、人の動く気配がする。薄目を開けると、俺と同時期に入隊したナナリがテントを出るところだった。めくれた膜の隙間で細い三日月が笑っていた。

 分隊長の怒声が夜明け前に俺たちを叩き起こした。

「おい、銃はどこにやった⁉︎ ナナリはどこだ!」

 全員分の銃剣がごっそり消え、見張りに立っていたナナリの姿が見えない。考えられることは一つだった。

「探してきます」

 俺は

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【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

 前の住人が子供部屋に残していった私を見つけた彼は大喜びした。真珠のような柔らかな艶のある、陶器でできた馬。彼は私を新しい土地での最初の友達にと望み、私は彼の希望に応えて動くことができるようになった。

 引っ越したばかりでまだ友達もいなかった彼は、学校から帰ってくるなり部屋にこもって私と遊ぶようになった。彼が来るまで窓辺で寂しく埃をかぶっていた私は、また子供の遊び相手になれることが嬉しかった。

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【小説】聖(少女の神託と嘘の話)

【小説】聖(少女の神託と嘘の話)

 白と黒の柱の間に立ち、少女は黄昏の天を仰ぐ。

 ——神よ、我等を導きたまえ。

 ——偉大なる創造主、至高の聖なる魂よ。

 ——従順なる僕に御業を示したまえ。

 少女の肩がわななき、唇から神秘の言葉が流れ出る。男の神官たちが、大神官である少女の告げる神の言葉を筆記する。

 神官が民に告げ知らせた神託の通り、国は戦で勝利した。力尽きて倒れた少女が絹のベッドで寝ている間に。

 彼女だけが知

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