宝篋印塔

中国地方の石造物⑩:功山寺宝篋印塔(伝・大内義長の墓)

名称:功山寺宝篋印塔

伝承など:大内義長の墓

所在地:山口県下関市長府川端 功山寺

下関市の長府は、長州藩毛利家の支藩・長府毛利家の城下町の面影を残す場所として知られ、また城下町の一角にある功山寺は、鎌倉時代後期の建築で国宝の仏殿のある寺、あるいは高杉晋作の「功山寺決起」の舞台となった寺院として著名である。

その功山寺の墓地内には、大内義長とその従者の墓と言われる宝篋印塔がある。

大内義

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神奈川県内の石造物⑯:浄光明寺宝篋印塔(伝・冷泉為相の墓)

名称:浄光明寺宝篋印塔

伝承など:冷泉為相の墓

所在地:神奈川県鎌倉市扇ガ谷 浄光明寺

鎌倉扇ガ谷の浄光明寺は六代執権北条長時の開基で、長時がこの寺に葬られたことから以降長時を祖する赤橋流北条氏の菩提寺となり、赤橋家から夫人を娶った足利尊氏との縁も深く、尊氏が後醍醐天皇への挙兵に踏み切る直前には浄光明寺に籠もったと言う。

その後、室町時代になっても鎌倉公方からの庇護を受け、鎌倉時代後期正安

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雑記:京都市内の非公開寺院の墓所

京都市内の非公開寺院の中には、定期的に特別公開を行っている寺院もあり、以下はここ数年で私が訪れた非公開寺院内の墓所について紹介したい。

まずは、養源院の徳川秀忠夫人・崇源院供養塔。

養源院は七条の蓮華王院(三十三間堂)の東隣りにあり、元々浅井長政の供養のために淀殿が建てた寺で、その後に徳川家の菩提所となった寺院である。

淀殿、豊臣秀頼、崇源院の肖像画を有し、境内には崇源院の七回忌に娘の東福門

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南関東の石造物㉓:養竹院宝篋印塔(太田資家・資頼の墓)

名称:養竹院宝篋印塔

伝承など:太田資家・資頼の墓

所在地:埼玉県比企郡川島町表 養竹院

川島町の養竹院は、元々は太田道灌の陣屋があった場所と伝承される場所で、道灌の死後にその甥で養子でもあった太田資家が道灌追善供養のために同寺を開いたと言う。

境内の世代墓地には開基の太田資家とその夫人、また資家の子の太田資頼の墓と言う宝篋印塔があり、いづれも戦国時代の造立で没年と法号が刻まれている(中央

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雑記:太田道灌の首塚と胴塚

東京都荒川区、山手線の日暮里駅前ロータリーにある太田道灌の騎馬像。

神奈川県の伊勢原市は、扇谷上杉氏の居館のあった場所で、太田道灌もここで生まれたと言われ、また道灌は主君の上杉定正に伊勢原で謀殺されるので、道灌終焉の地でもある。

小田急伊勢原駅から歩いて十分ほどの所にある伊勢原市役所前には、道灌の銅像もある。

市役所から十分くらい歩いた田地の中に、太田道灌の首塚と呼ばれる石塔がある。

公園

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北関東の石造物㉖:宝篋山宝篋印塔

名称:宝篋山宝篋印塔

伝承など:忍性造立のモニュメント?

所在地:茨城県つくば市 宝篋山山頂

筑波山麓の小田は、鎌倉時代中期に忍性が東国に招かれてまず最初に入った場所であり、東国における真言律宗布教の一大拠点になった場所である。

小田を見下ろす場所にある宝篋山は、小田山とも三村山とも呼ばれるが、現在の呼称は山頂に宝篋印塔が建てられたことに由来する。

この宝篋印塔は、忍性が布教のために小田

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京都府内の石造物㉗:本満寺石廟(蓮乗院の墓)

名称:本満寺石廟

伝承など:蓮乗院(結城秀康夫人)の墓

所在地:京都府京都市上京区 本満寺

同志社大学の東側の寺町通にある本満寺は、室町時代に本圀寺より分離独立した寺院で、戦国時代には天文法華一揆に参加して本願寺と戦っている。

本堂の脇には石廟が一基あり、これは結城秀康夫人の蓮乗院の墓である。

蓮乗院は江戸氏の出身で結城晴朝の養女となり、後に結城家を継承した秀康の正室となったが、秀康の死

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雑記:岡崎あれこれ

城下町岡崎の史跡などあれこれ。

まず岡崎城の復興天守閣。

場内には、徳川家康や本多忠勝の像などがあり、中には有名な家康の「しかみ像」を模した石像も(下の写真四枚目)。

岡崎城にほど近い大林寺には、家康の祖父・松平清康と父・松平広忠の墓がある。

ただ、墓塔の五輪塔は当時のものではなく、江戸時代に建てられたものである。

鴨田町の大樹寺は松平家の菩提寺で、徳川宗家ゆかりの寺院であるだけに、同寺

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東海・北陸地方の石造物㉒:岡崎公園宝篋印塔(伝・浄瑠璃姫の墓)

名称:岡崎公園宝篋印塔

伝承など:浄瑠璃姫の墓

所在地:愛知県岡崎市康生町 岡崎公園

徳川家康生誕の地として知られる三河岡崎の岡崎城は、現在岡崎公園として観光名所になっているが、大手門の近くに浄瑠璃姫の墓と伝承される中世の宝篋印塔が建っている。

浄瑠璃姫は芸能・浄瑠璃の語源になったとされる伝説上の人物で、源義経との悲恋物語で知られるが、元々この地には浄瑠璃姫の庵があった場所とされ、岡崎城が

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雑記:武田家臣団の墓所

山梨・長野・群馬の三県内にある武田信玄の家臣団の墓所の中で、まだ紹介していないものをいくつか。

山梨県甲斐市亀沢の天澤寺は飯富氏によって開かれた寺院で、境内の墓地内には武田信玄に仕えた飯富虎昌と山県昌景兄弟の墓がある。

飯富虎昌は「飯富兵部」の通称で知られ、武田信虎・信玄の二代に仕えて多くの軍功があったが、自身が守役を務めた武田義信(信玄の長子)の事件に連座して死罪となり、飯富家は断絶になった

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