中国・四国地方の石造物⑱:清盛塚宝篋印塔(伝・平清盛供養塔)

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名称:清盛塚宝篋印塔

伝承など:平清盛の供養塔

所在地:広島県呉市音戸町鰯浜 清盛塚


呉市の音戸ノ瀬戸は、平安時代末期に安芸守であった平清盛が開削したと伝承される海峡で(清盛の行った事業と言うことについては疑問視する説もある)、清盛は一日で工事を完成させるために人柱の代わりに経石を埋めたとか、没する日を扇で招き返して工事を完成させたとか、様々な伝承が残る。

音戸ノ瀬戸を見下ろす鷹鳥山公園には、この伝承に基づく清盛が日を招き返している姿の銅像があり、また近くには吉川英治の文学碑(清盛を主人公にした『新・平家物語』にちなむもの)も経つ。

音戸ノ瀬戸大橋の真下には、現在清盛を供養するために造立されたと言う清盛塚が残る。

この供養塔は室町時代前期の宝篋印塔で、清盛の功績を称えるために造られたと言う。

宝篋印塔のある場所は人工の島で、直接島に渡ることは出来ず、手前の桟橋からしか見られないので、細部まではよくわからないが、二メートルほどの大型塔で、おそらく完形であると思われる。

実際に清盛の供養塔かどうかはともかく、非常に端正で美しい塔である。


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