石塔

京都市内の石造物㉜:本能寺宝塔(織田信長の墓)

名称:本能寺宝塔

伝承など:織田信長の墓

所在地:京都府京都市中京区下本能寺前町 本能寺

室町時代には足利氏の保護を受けて洛中の日蓮宗寺院の中でも隆盛を誇った本能寺は、戦国時代末期になって織田信長の京都での宿舎として使われるようになり、「本能寺の変」の舞台になった寺院としてあまりにも有名である。

元来は四条西洞院あたりにあり、現在の場所移ったのは天正十九年で豊臣秀吉の命によるものである。

もっとみる

甲信越地方の石造物㉓:華報寺宝篋印塔(大見氏の墓)

名称:華報寺宝篋印塔

伝承など:大見氏(水原氏?)の墓

所在地:新潟県阿賀野市出湯 華報寺

現在は阿賀野市になっている旧水原町の華報寺は、行基によって開かれたと伝承される古刹で、その地名の通り温泉が湧き出ていて境内に共同浴場のある珍しい寺院である。

境内の墓地には鎌倉時代後期と推定される大型の宝篋印塔があり、この地を領した水原氏、あるいはその祖である大見氏(元来は伊豆の豪族であるが、鎌倉時

もっとみる

東北地方の石造物㉑:半在家宝篋印塔(伝・佐原十郎義連の墓)

名称:半在家宝篋印塔

伝承など:佐原十郎義連の墓

所在地:福島県喜多方市熱塩加納町半在家

現在は喜多方市の一部になっている熱塩加納町(旧熱塩加納村)の半在家の集落に、覆屋で囲われた石塔群がある。

中央に建つ大型の宝篋印塔は、この地に城を築いた佐原十郎義連の墓と伝承されている(周囲の小型五輪塔は家臣の墓と言う)。

佐原義連は三浦義明の十子で、元来は相模の豪族であるが、源頼朝が奥州を平定した

もっとみる

奈良県内の石造物⑲:知足院五輪塔(成身院光宣逆修塔)

名称:知足院五輪塔

伝承など:成身院光宣逆修塔

所在地:奈良県奈良市雑司町 知足院裏の興福寺墓地

知足院は東大寺の塔頭で、正倉院を北に進んだ所にある。

この知足院の裏には一乗院など興福寺の塔頭寺院の墓地があり、その中に成身院光宣の逆修塔もあり、興福寺の墓地内にあるものの一般的には知足院五輪塔と通称される。

成身院光宣は大和の筒井氏の出身で、興福寺の僧侶となった人物で、晩年には畠山政長の被

もっとみる

滋賀県内の石造物㉗:西明寺宝塔

名称:西明寺宝塔

伝承など:なし

所在地:滋賀県犬上郡甲良町池寺

湖東三山の一つ西明寺は、紅葉の名所として著名であり、また鎌倉時代の国宝の本堂と三重塔や、平安・鎌倉時代の仏像群を所蔵することでも知られる。

西明寺にはまた、石造美術として優れた価値を持つ石塔もあり、それが三重塔の裏に建つ鎌倉時代後期の宝塔である。

この宝塔は嘉元二年の銘文を持ち、また「大工平景吉」と言う造立した石工の名も刻

もっとみる

東海・北陸地方の石造物㉓:倶利伽羅峠為盛塚五輪塔(伝・平為盛の墓)

名称:倶利伽羅峠為盛塚五輪塔

伝承など:平為盛の墓

所在地:石川県河北郡津幡町/富山県小矢部市 倶利伽羅峠古戦場跡

石川県と富山県の県境に位置する倶利伽羅峠は、平安時代末期に木曽義仲が平維盛率いる平家軍を大破した源平合戦の古戦場として知られる。

現在古戦場は公園として整備され、義仲が用いた火牛の計(中国の戦国時代に斉の田単が用いた戦法が元ネタ)にちなむ牛のオブジェが建っているが、その近くに

もっとみる

京都府内の石造物㉛:大原念仏寺五輪塔

名称:大原念仏寺五輪塔

伝承など:なし

所在地:京都府京都市左京区大原来迎院町 大原念仏寺

『平家物語」の大原行幸で知られる寂光院のある京都市の大原は、他にも紅葉の名所である三千院が有名であるが、その三千院の近い大原念仏寺に鎌倉時代の五輪塔がある。

五輪塔は大原念仏寺の外の来迎院町集会場の敷地に建っており、鎌倉時代中期の弘安九年銘がある。

小型ながら地輪が低い古様を示し、安定感のある石塔

もっとみる

九州・四国地方の石造物⑬:泉蔵寺五輪塔(伝・大内盛見の墓)

名称:泉蔵寺五輪塔

伝承など:大内盛見の墓

所在地:福岡県糟屋郡粕屋町酒殿 泉蔵寺

福岡県粕屋町の泉蔵寺は大内盛見の菩提寺で、境内には盛見の墓とされる五輪塔がある。

盛見は室町時代前期から中期にかけて防長を中心に西国に勢力を張った守護大名であり、応永の乱で戦死した大内義弘の弟で、兄の死後に兄弟間での家督争いに打ち勝ち大内家の家督を継承したが、永享三年に九州筑前の所領を巡って少弐満貞・大友持

もっとみる

甲信越地方の石造物㉒:法音寺大日堂五輪塔(伝・源頼朝供養塔)

名称:法音寺大日堂五輪塔

伝承など:源頼朝供養塔

所在地:新潟県新発田市岡田 法音寺大日堂

下越新発田市の法音寺大日堂は奈良時代の創建と伝わり、平安時代には城氏の庇護を受けて栄え、鎌倉時代になると同地の地頭職を得て加地氏の祖となる佐々木盛綱の庇護を受けた。

盛綱は源頼朝の側近であり、現在法音寺には盛綱が造立した源頼朝の供養塔とされる五輪塔がある。

五輪塔自体は鎌倉時代後期の造立と考えられ

もっとみる

北関東の石造物㉜:清源寺五輪塔群(南氏の墓)

名称:清源寺五輪塔群

伝承など:南氏の墓所

所在地:栃木県足利市名草中町 清源寺

足利市の清源寺は南宗継開基の寺院であり、境内を外に出て南方に行った竹林の中に南氏の墓所がある。

墓所は五輪塔と宝篋印塔で構成され、正面列の五基の五輪塔にはいづれも銘文があり、向かって右から応永二十年、康暦三年、応安四年、至徳三年、応永七年銘で、南北朝時代後期から室町時代前期にかけて造立されたものである。

もっとみる