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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#建設現場

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

「働き方改革じゃなくて、働き方改悪だろ! 政治家とか官僚とかって馬鹿じゃねえか!」

「ねえ、大丈夫?」
鍋元洋司は、朝起きていきなり、妻の鍋元衣子から心配そうに声を掛けられた。
「寝言で得体の知れない文句を言っていたわよ。政治家とかって何?
 変なことに巻き込まれてない?」

衣子は怪訝そうな顔をしている。

「大丈夫だよ。何でもない」
「ねえ、本当のことを言ってよ。この工事はすごいお金が動いて

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ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

「こんにちは。注文の品をお届けにあがりました」
最後の品が来た。予定よりも少し遅い。急いで袋詰めをやらないと間に合わない。
「はーい! 向こうの会議室に運んでください。一緒に行きますね」
この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で事務職員として働く明石朝子は、大きな声で返事をして立ち上がると、配達に来た酒屋の平川哲也と一緒に会議室へと急いだ。

今日の夕方、全

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ゲンバノミライ(仮)第49話 看護師の幸村さん

ゲンバノミライ(仮)第49話 看護師の幸村さん

復興の現場で働いていて事故に遭った前園金之助が退院していった。救急搬送時に現場作業員と聞いて、正直なところ不安があった。自分たちの故郷を再生するために遠くから仕事に来てくれて心底有り難いと思う反面、トラブルが起きていることも知っていたからだ。

それは杞憂に終わった。

すがすがしい青空を見上げて、看護師長の幸村早苗は、晴れ晴れとした気持ちになった。無事に送り出す時は、どんよりした天気よりも、こっ

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ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ようやく最上階まで立ち上がってきた。設備や内装の工事はこれからなので完成にはまだ時間はかかる。最初の1棟ができても、周辺は更地のまま。だが、復興に進んでいることが見えてきただけでも大きな進歩だ。

森田真知子は、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で社長をしている。3代目続く小さな総合建設業の会社として若くして家業を継いだ。社長としての肩書

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ゲンバノミライ(仮)第27話 電気設備の三谷部長

ゲンバノミライ(仮)第27話 電気設備の三谷部長

現場に据え付けている監視カメラの映像が切れたとの連絡が入ったのは、昼前のことだった。
今回の現場は、360度カメラや各種センサーなどが縦横無尽に設置され、現場の状況をリアルタイムに確認している。施工情報として蓄積されて維持管理にも利用されるため、カメラの異常は将来にも関係する由々しき問題だ。

三谷民男は、電気設備工事会社で部長を務めるベテラン技術者だ。復興街づくりを手掛けるコーポレーティッド・ジ

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ゲンバノミライ(仮)第26話 技研の大山研究員

ゲンバノミライ(仮)第26話 技研の大山研究員

「俺の感覚だが、多分いける。進めよう」
技術研究所にいる大山規子は、天野渡からの電話に思わずガッツポーズをした。

「天野君、さすがだね。昔から偉い人をうまく転がすのが得意だったもんね」
「よく言うよ。そうやっていつも俺を小間使いに使うのは大山さんの方じゃないか。旦那さんもさぞ苦労してるだろうと思うよ」
お互いの立場は変わったが、こういうやり取りはあの時のままだ。

大山と天野が出会ったのは海外留

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ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

ゲンバノミライ(仮)第25話 リベロの能登君

「ちょっと待ってくれ。戻って右側の梁の交差部を見せてくれ。そこじゃない。もう少し手前だ」
能登隆は、足元に気をつけながら、足場を手前に戻って下側に目をやった。
装着しているスマートグラスを通じて、本社にいる現場アドバイザーの中島泰之が同じ様子を大画面で見ている。

いったい何が問題なのか。
鉄筋が絡み合うように組まれた梁部分を凝視してみるが、まだ見つけられていない。

「どこか分かるか?」
そう言

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ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

久しぶりの夜の街だった。賑やかで楽しい。手持ちの金はあまりないが、久しぶりにキャバクラでも行こうか。こういう気分の時は、酒でも飲んで楽しまなきゃだめだ。

思い出すだけでもムカムカする。腹が立って仕方がない。
どいつもこいつもごちゃごちゃ言いやがって。

武田瞬は、きょう、現場から追い出された。
沿岸の街の復興工事の現場で、足場の組み立てや解体を主に担う鳶職人として働いていた。
自分で言うのも何だ

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ゲンバノミライ(仮) 第22話 ドライバーの山崎さん

ゲンバノミライ(仮) 第22話 ドライバーの山崎さん

山崎智宏は、夜が明ける前に起床した。歯を磨いてリビングに行くと、味噌汁の匂いがしてくる。

「朝早くに悪いね」
「いいのよ。早番の日は仕方がないわ。それより、ちょっと天気が悪いみたいなの。運転、気をつけてね」
「ああ。いつもノロノロ安全運転だから、大丈夫だよ」

朝食をとっていると、だんだんと日が開けてくる。まだ寒いが、日が昇るのがだいぶん早くなった。春が近づいている証拠だ。

自家用車で30分ほ

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ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

土曜日の夕方、西野忠夫の携帯電話が鳴った。

久しぶりに土曜休みをとって、現場から家に戻り、家族と街に出かけていた。隣にいる高校卒業を間近に控えた娘の手には、2時間悩んだ末にようやく決めた入学式用フォーマルコートが包まれた紙袋が揺らめいている。穏やかな春の日。買い物を済ませて、これから食事に向かうタイミングだった。

B工区を任せている高崎直人の名前が表示されている。

通常であれば、連絡調整アプ

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ゲンバノミライ(仮)第1話 警備員の山さん

ゲンバノミライ(仮)第1話 警備員の山さん

第1話 警備員の山さん

「ちょっと待ちなさい! みんなが付けなさいって言っているじゃないか!」
「なんでそんなこと言われなきゃいけねえんだよ!」

よりによって、うちの前でやり合わなくてもいいのに…、とは思わなかった。20メートル先の路上だったら、警察のような人間でしか介入できない。でも、ここは公道だが、現場の前だ。通学の見守りを終えて家路に向かう途中に顔なじみの老人が、口論する二人に怪訝なまな

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はじめに

はじめに

とある建設工事を舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。現場は常に動きがあり、仕事に従事する人や作業内容は日々、そのやり方や在り方は徐々に変化していきます。完成は区切りではありますが、利用という意味では始まりです。喜ばれ、時には批判や反感を呼び、逆に想定外の場面で有難がれ、延命作業を受けながら、静かに朽ちていきます。

現場の仕事の先にある意味や出

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