見出し画像

ゲンバノミライ(仮)第26話 技研の大山研究員

「俺の感覚だが、多分いける。進めよう」
技術研究所にいる大山規子は、天野渡からの電話に思わずガッツポーズをした。

「天野君、さすがだね。昔から偉い人をうまく転がすのが得意だったもんね」
「よく言うよ。そうやっていつも俺を小間使いに使うのは大山さんの方じゃないか。旦那さんもさぞ苦労してるだろうと思うよ」
お互いの立場は変わったが、こういうやり取りはあの時のままだ。

大山と天野が出会ったのは海外留学先だ。ノーベル平和賞候補にも挙がった著名な社会学者が進めるリスクレス社会の在り方を検討するプロジェクトに参画した際に一緒になった。バイオ分野が専門の持つ大山と、技術系官僚の立場で国の政策立案などを手がけてきた天野は、仕事も性格も全く異なっていたため、互いに刺激を感じる要素が多かった。一緒に仕事をするような場面も無く、気軽に話をする友人としての間柄が続いていた。

大山が勤務するゼネコンでは、360度カメラによる映像やBIM、3D図面データ、各種センサー情報などをリアルタイムに情報共有し、遠隔から現場を指導する「プレイングマネージャー」という役職を置いている。現場サイドから情報を上げていく「リベロ」と呼ぶ二人でコンビを組んで、第三者的な立場から安全や品質上の問題点、今後想定されるリスクなどを洗い出すのが役目だ。プレイングマネージャーは現場を見る目に長けたベテランで、リベロは成長を期待する若手というのが定番となっている。

あの災害で大きな被害を受けた街の復興プロジェクトでプレイングマネージャーを担当する中島泰之から相談を受けたのは、半年前のことだった。3Dプリンターで構築できる鉄筋の代替材料の探索と、実用化を見据えた試験施工の下準備。それがオーダーだ。

被災地の現場でリベロを務める能登隆が、復興プロジェクトの状況を詳しく説明してくれた。
「現状でも何とか間に合う見通しなのですが、ご存じのように、復興全体が遅れ気味です。そうした中で、せめてうちの現場だけでも予定を早めて完成にこぎ着けたら、小さな希望の光になると思うんです。ただ、従来型の施工合理化はもう十分にやっています。延長線上じゃない、違うやり方を考えた時に、鉄筋に手を付けたいと思ったんです」

鉄筋工の問題は、大山も知っていた。大きな部材を工場で製作するプレキャスト(PCa)化が進展し、生産性や品質が高まったが、そのことが旧来型の鉄筋工の仕事を奪う事態が生じていた。生産性が高まって削減されたコストの一部でも、貴重な鉄筋工の給与に回っていけば問題なかったが、そうした流れにはなっていない。
もともとは、労働者人口が減少していく中で十分な施工能力を維持するための手段として、生産性の向上が進められた。そうすることで、技能労働者が減ったとしても何とか現場を回していくことができる体制を、業界全体として構築するという意味だ。マクロの視点で見ると何も間違ってはいない。だが、長年経験を積んできた鉄筋工の一人一人の立場で見ると「仕事量はどんどん減っていくし、給料も上がらない」という結果を招いていた。生活を揺るがす大きな脅威にほかならなかった。

そうしたベテラン鉄筋工の姿を見た若手は、どのように行動するか。早々と見切りを付けるか、そもそも別の仕事を選ぶかのどちらかだ。

担い手となる技能労働者が予想以上に減少していく状況が起きていた。すべてでプレキャスト化や自動化が実現していれば問題ないが、残念ながら、そこまで技術は進歩していない。そうすると重要な作業工程の部分で局所的に人手不足が起きてしまう。こうした矛盾した状況は、鉄筋工に限らず建設現場を取り巻く様々な職種で起きていた。

今回、能登が支援を求めてきたのは、構造物の中でも大きな応力を受け持つ梁の交差部などの鉄筋構築の部分だった。多くの復興の現場で同様の作業があるが、少ない担い手で回さなければならず、被災地全体の円滑な作業進捗に暗い影を落としていた。
現状では、プレキャスト部材を複数組み合わせて少しでも施工を合理化する程度が関の山だった。プレキャスト化は、工場などで作業するため天候に左右されない分、作業工程や品質の安定化が図られる。だが、「誰がどこでやるのか」という部分を現場から工場に持ってきただけに過ぎず、根本的な解決策にはなり得ない。労働力の枯渇で行き詰まるという意味では同じだ。

従来の延長線上ではなく、現場作業で行っている複雑な鉄筋の組み立てを、3Dプリンターで自動化したいというのが復興現場からの要望だ。ただ、鉄は1000度を超す高温でなければ自在に操れない。そんなことは屋外作業が基本の現場では無理であり、別の素材が必要だった。
超高強度の繊維を用いた補強コンクリートや繊維強化プラスチックなどを用いて道路床版や建物の張り出し部を構築することは一般化しているが、構造物で最も力がかかる場所には適用されていない。将来的には、高強度で価格もリーズナブルな部材ができるかもしれないが、その途中のステップとしてまずは鉄筋を何とかしたいのだ。

大山は建設資材全般の専門家ではないが、バイオはあらゆる素材と親和性が高く、世界中の研究者や新進気鋭のスタートアップとつながっていた。そうした中で連携したのが、セルロースナノファイバーと超高強度の炭素繊維の複合化に長けた海外の研究者だ。新たな素材に、大山が研究している微生物を用いた自己治癒メカニズムを組み合わせることで、なんとか先が見えそうな所まできていた。

もう一つの問題が規制だった。被災地は技術開発特区に位置付けられていて革新的な新技術を用いることが可能とされていたが、実際にはハードルが高く、従来技術をやりくりしているのが実態だった。今回の提案が通る可能性がありそうなのか、特区制度全般を統括する審議官級ポストとして首相官邸で働く天野に相談したのだ。

「大丈夫そうだと言っても、進めるには前提条件が二つある。保証と民意だ」
「なんとなく言いたいことは分かるけれど、どういうことか説明して」

「まずは保証の方だ。本当に大丈夫かどうかは正直分からない。おたくの会社のことだから、何度も実験を繰り返して技術的な裏付けを持って提案していると思うが、時間がたたないと本当の意味で結果が出ないのが建設の世界だ。何も起きずに進むことを目指すのは当然だが、もしもの場合に住民や利用者が安全に避難できるようなセーフティーネットがほしい」
「何が必要なの?」
「具体的には、予兆を感知するセンサーで全箇所をモニタリングしてほしい。問題が生じた場合の補修は、もちろんそっち持ちだ。行政側は一銭も出さない。安全面でも財政面でも、そうしたリスクヘッジをとれることが、まずは最低限の条件だ」

「もう一つもどうぞ」
「民意には二つの意味合いがある。当然のことだが、まずは住民や利用者、行政も含めた周りの人たちだ。悲惨な状況から安全・安心な生活を取り戻すための復興事業が、ゼネコンの新技術の実験台にさせられると思われてはまずい。
あのプロジェクトを早期に完成させるというのだけじゃ弱い。あそこのチャレンジで、鉄筋職人たちの余力を生み出し、被災地全体の工事を早めることが大きな狙いだ。おたくのゼネコンにとってではなく、被災地にとってどういう意味をなすのか。あの場所に戻る人たちにしっかりと伝えて、理解を得てもらいたい」

天野の真剣さは、オンラインの画面越しからもひしひしと伝わってくる。
「あとは業界だ。自分たちの仕事がもっと奪われると受け止められて鉄筋業界から反発する動きが出ると、政治は動きづらくなる。鉄筋屋さん達の未来もしっかりと描いて、そうした火種が出ないようにしてほしい。
もちろん、それだけで円満に進むとは思わない。後は出たとこ勝負だ」

この二つの条件は、おそらく天野が考えたのだろう。
有象無象の思惑が渦巻く中で、余計な邪魔をされずに話を通すために、しっかりと汗をかく姿勢を示せと言うことだ。話を通す際には、今言ってきた二つの視点は、ゼネコン側が自ら提案してきたということで進めていくに違いない。
天野としてもリスクを負って協力してくれている。そうした決意も感じた。

「お役所っていうのは、相変わらずケチくさいわね」
「相変わらず強気だよな。だから、こうやって、ついついこき使われちゃうんだよ」
「ありがとうございます。だって、こんなタイミングに天野君が官邸にいるんだもん。使わなきゃ」

「まあ、一番は話の筋がいいってことだ。
あの若手もバイオベンチャーの兄ちゃんも熱意がすごいが、それだけじゃ駄目だ。トライする意味があると思ったんだ。

現場の未来を前に進めたい。そんな風に受け止めたよ」

「現場の未来か。そうね。なんだか、留学時代を思い出すね。
まあいいわ。今度は私の番ね。天野君の言うように会社を説得するわ」

オンライン会議を閉じて暗くなった画面を見ながら、大山は大きく深呼吸した。
ああは、言ってみたものの、大丈夫だろうか。
まあ心配しても仕方が無い。うちの経営陣を焚き付けなきゃ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?