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一橋院卒のライターと慶應卒の編集者の人生を狂わせた本3選

「人生を変えた本」という記事をよく目にする。
語っているのは、だいたいミュージシャンや小説家だろうか。憧れの芸術家の「人生を変えた」本なんて、ちょっと興味が湧いてしまうではないか。

さて、俺たちである。
我々アラサー2人は、他人を腐すのが大好物だ。
いわば、ひねくれ者(いつまでこの態度なのか)。

俺たちはお互いに思っている。
「コイツ、どんな人生を過ごしたらこういう仕上がりになるんだよ……」
せっかくだから、「こういう仕上がり」「製造元確認」をしてみようじゃないか。

俺たちは、こうして狂わされたーー。

北山の3冊(29歳 ライター・歴史研究者)

『苦役列車』(西村賢太)

芥川賞受賞作。著者のド貧乏時代の青春を描いた私小説だ。
氏の作品はいずれも極貧、性欲、異常蒐集癖、家族・恋人・友人への暴言・暴力を軸としている。いわば、「モラハラ小説」
極めて露悪的で、拒絶してしまう人も多い。

じゃあ何が良いのかって? 一貫して媚びないところだ。
最初の一文からこうである。

曩時北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当りにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。

「曩時」なんて、誰が分かるんだよ。「ついて来たい人だけついて来れば?」の態度がサイコーにクール。
この独特の語彙と、復古調の文体が流れるようでクセになるのだ。マジで文体で酒が飲めるレベル。というか、私は本当に飲んでいた。

間違いなく私の文体にも影響を及ぼしている。私がたまに変な言い回しをするのは、氏のせいなのだ。

長くなるので我慢するが、氏は誰よりも小説にすがりつく人生を送っていた。軽々しい「小説に支えられました」発言とは一緒にしないで欲しい。
父親が性犯罪者、中卒、まともな職歴ナシ。
過酷な肉体労働に勤しみながら、ポケットに大好きな小説のコピーを忍ばせ、休憩中に繰り返し読んで支えとしていた。
そんな男が書くものが、面白くないわけがない。

『歴史を考えるヒント』(網野善彦)

宮崎駿にも多大なる影響を与えた日本史研究者による一般書。いまだに「歴史研究者」を名乗ることもある私が、もっとも敬愛する歴史家だ。
氏の歴史観の魅力は、「優しさ」にある。だれも疎外しない。外国人でも、被差別民でも関係ない。ぜんぶ抱えてくれる。

講談社が全26巻に及ぶ「日本の歴史」シリーズを刊行した際、スター級の研究者たちが各時代を担当するなか、網野は00巻『「日本」とはなにか』を任された。基本的に、研究はテーマが大きければ大きいほど難しい。こんなテーマで書ける歴史家は他にいない。カッコよすぎる。

個人に対する受賞は全て固辞し、遺体は医学研究のために献体したという。その謙虚で誠実な人柄を、私は尊敬してやまない。
氏のおかげで、私はあらゆる差別を憎むことができるようになった。

「北條民雄の日記」(北條民雄)

NHKの人気番組「100分de名著」で北條のことを知った人は多いだろう。当時は不治の病とされたハンセン病に罹患し、隔離病院でのできごとを小説とした。「いのちの初夜」がことに有名だが、私が推したいのは氏の日記である。

書くことだけが自分の生存の理由だ

世の中で一番不快な人間は、それは自分。世の中で一番愛する人間は、それは自分

随所に吐露される創作に対するエネルギーが、とにかく半端ない。読んでいると眩暈がするくらいのパワーがある。誇張ではなく、頭をぶん殴られたくらいの衝撃で、怠けている自分をぶっとばしたくなる。

凡てに対し、情熱的たること。
情熱をもつて個我を守れ――。

と言って北條は23歳で死んでしまい、この一文は80年後の私の座右の銘となった。
私の暑苦しく我が強い性格は、北條の影響を強く受けている。

北條のせいで、「周りを振り回すくらいじゃないと、何かを成し遂げることはできない」と思っている節があるくらいだ(みんなごめん)



四ツ谷の3冊(27歳 学術書編集者)

『バーティミアス』(ジョナサン・ストラウド)


流行ってるものを読むのはダサい。 
他人が知らないものを読んで優越感に浸りたい。


私が人生で最初にこの醜い自尊心を自覚したのが、この『バーティミアス』である。 

確か小学3年生の頃、「朝読書」の時間に『ハリーポッター』が流行っていた。
しかし、既に捻くれの芽が出始めていた私はそんなものには手を出さない。同じイギリス製ファンタジーでも『バーティミアス』を読んで、同級生たちを小馬鹿にしていた。

主人公は5000歳の悪魔。狡猾で毒舌な皮肉屋。実力も大したことなく、強い敵からは逃げまくる。そんな彼が、自身を召喚した12歳の見習い魔法使いの復讐に手を貸す……というストーリー。

ハリーポッターの「正義の魔法使いvs悪の魔法使い」という分かりやすい筋書きとは対照的な、ちょっと大人向けの本書を読んで「お前らとはちげえんだよ」と本気で思っていた小学3年生。 

私の逆張り読書人生は、確かにここから始まったのだ。

『国境の南、太陽の西』(村上春樹)

「他人が知らないものを読んで優越感に浸りたい」と書いたが、結局村上春樹である。
私の人生は、村上春樹に狂わされてしまった

彼の作品の主人公たちは皆、他者と積極的に関わることなく、完結した自らのみの空間に安住したいと願っている。そして、そんな小宇宙の中で、パスタを作ったりレコードを聴いたりして優雅に過ごしている。
内向的な大学生だった私は、村上春樹に出会い、そんなライフスタイルにすっかり憧れてしまった。こんな居心地の良さそうな生活があるなんて!

就職して、郊外のマンションを一部屋親戚から譲ってもらった。これ幸いと2ldkに本とレコードを大量に持ち込み、良い感じの家具も揃えて小宇宙を作り上げた。『国境の南 太陽の西』の主人公よろしく、仕事は適当にこなし同僚とも関わらず、ほぼ世間と隔離された生活を送った。パスタも作った

しかし、そんな生活にも慣れたある日、ふと何か足りないものに気づく。村上春樹の代名詞とも言えるあれ。

そう、セックスである。
村上春樹の主人公たちは、なぜか孤独な生活をしているのに女性と関係を結んでいる。それは当然、小説だからである。

しかし、都会から離れたベッドタウンにひとり閉じこもって暮らす男に、そんな機会が訪れるはずもない。この事実に気づいた時に、私は膝から崩れおちた。なんで村上春樹に憧れるかって、孤独で内向的なライフスタイルもよいが、結局は「それなのに女性が寄ってくる」からなのだ。

かくして、「セックスの無い村上春樹」という悲しきモンスターが誕生したのである。

『第一阿房列車』(内田百閒)


夏目漱石の弟子にして、随筆の名手である内田百閒が「目の中に汽車を入れて走らせても痛くない」とまで愛した鉄道に乗って旅する紀行シリーズである。

百閒は、特に目的もなく阿呆のように汽車に揺られる。しかも、借金をしてまで一等車に乗る

用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。
なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。

ただただ汽車で移動するだけの紀行文である。
旅先で美味しいものを食べよう、景色を見ようなんて「意味」のあることはしない

東京を立つ前に、秋田へ行ったら、しょっつる鍋に、きりたんぽを食えと云うだろう、向こうでそう思っている物は食ってやらないと思った

そういえば我々も、特に意味もなくグリーン車に乗って滋賀を目指し、よくわからないガールズバーに行ったりした。


人生に、生活になるべく意味を求めない。
特に得るものはないが、楽しければそれでいい。

学術書という明らかに「意味がある」書物を作ってセコセコ労働に励む私は、そんな百間のスタンスに憧れ続けている。


【「退屈の壊し方」の編集部員たち】

北山:1994年生まれ。ライター。歴史研究者。「文春オンライン」、「プレジデントオンライン」、「歴史街道」などに寄稿。『バーディミアス』は俺も読んでたよ!署名は(円)。

四ツ谷:1996年生まれ。学術書編集者。公文式の国語の教材で読書に目覚め、小学生で夏目漱石の『こころ』を読破した。あの頃、確かに俺は神童だった。署名は(四)。

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