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オリジナル小説「アスタラビスタ」

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人を殺めようとした紅羽を止めたのは、憑依者と呼ばれる特殊体質の男だった。キャラが憑依し合うヴィジュアル小説!
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#長編小説

アスタラビスタ 8話 part6

アスタラビスタ 8話 part6

 気を取り直したように、雅臣は私に説明し始めた。

「他の憑依者はここに住んでるんだよ。ここは組織の本部でもあり、憑依者の寮なんだ」

 彼らの姿を見送った雅臣が、私に教えてくれた。

「ここにいれば家賃はかからないんだが、なんせ住んでる人間たちが特殊な奴らばかりだ。だから俺と清水はここを出た。亜理や晃も」

 私は今の彼らを見て、雅臣と清水がここを出た理由が分かった。もし私がここに住めと言われて

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アスタラビスタ 8話 part4

アスタラビスタ 8話 part4

 雅臣の運転する車に乗り、彼らに連れて来られたのは、東京駅近くの大きなビルだった。
 私はこの近辺に訪れたことがある。夢と希望を持って上京したとき、私が初めて降り立った駅が東京駅だった。
 彼らの組織の本部だというビルは、人目を嫌うように外壁も窓も黒く、数社の企業が入っていてもおかしくないほど大きなものだった。
 私はビルを見上げ、雅臣に尋ねた。彼はこのビルには自分たちの組織しか入っていないと答え

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アスタラビスタ 8話 part3

アスタラビスタ 8話 part3

 頬が熱かった。熱い。暑い。恥ずかしい。彼に右手を引かれながら、私は左手で自分の頬を押さえていた。少しでも左手へと熱を放出したいのに、頬に当てている左手まで熱い。熱がこもる。 
 辿り着いたのは、彼らの家の近くにある公園だった。遊具は滑り台とブランコのみで、公園の周りには木がうっそうと茂っていた。それでも、団地が密集するこの住宅地では、大切な子供の遊び場になっているようだった。
「ごめんな、昨日出

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アスタラビスタ 8話 part2

アスタラビスタ 8話 part2

 翌朝、目が覚めると、昨夜の感情は嘘のように消えていた。カーテンの間から入り込む日の光が心地よいと感じるほど、私の心は穏やかさを取り戻していた。
 そして、昨夜、自分が寂しさから雅臣に電話をかけたことを思い出し、恥ずかしさで頭を抱えた。
 なんてことをしてしまったのだろう。愚かすぎる。私は雅臣の声を聞くことだけを目的に、電話をした。意味のない電話なんて、相手への好意を示しているようなものではないか

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アスタラビスタ 7話part2

アスタラビスタ 7話part2

 道場の中央に集まった雅臣と清水、亜理と晃は、互いに向かい合い、手合せをする上でのルールを確認しているようだった。

 私と圭は道場の隅で体育座りをして、彼らの様子を眺めていた。私がこの手合せを傍観するのは分かる。だが、圭も私と同じように端で見ているだけというのは、あまりにも寂しすぎる。

「あの……圭さんは」
 思い切って、聞いてみることにした。

「その、つまらなくないですか? 見てるだけだな

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アスタラビスタ 7話part1

アスタラビスタ 7話part1

「遅かったじゃん! おみおみ~!」

 道場の真ん中で大きく手を振る赤毛の彼女は、先日と変わらず元気な様子だった。隣にいる晃は、申し訳なさそうにこちらへ頭を下げた。

 彼らへと歩みを早める雅臣は、明らかに不機嫌そうだった。

「俺たちよりも先に予約を取ったのは、お前らだったのか」
 雅臣の口調は、もはや怒りに近かった。

「そうよ。私たちが貸し切りで予約を取ったの。本当は晃と憑依時の確認をしよう

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アスタラビスタ 6話part5 6話完結

アスタラビスタ 6話part5 6話完結

 私は、ただ頭の中でぐるぐると考えるしかなかった。

私の身に何が起こったのか。そして彼らの身に、今何が起きているのか。

 考えれば考えるほど、分からなくなっていく。私はどうすればいいのだろう。私はこれからも、雅臣と一緒にいていいのだろうか。

 雅臣はどう思っているのだろう。雅臣は、私に身体提供者になってほしいのだろうか。だから、私との手合せを引き受けてくれていたのか?

 もし身体提供者にな

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アスタラビスタ 6話 part3

アスタラビスタ 6話 part3

「紅羽ちゃんが雅臣と初めて手合せをした時、俺は紅羽ちゃんの強さに驚いたんだ。雅臣が俺に憑依した時、攻撃は俺の意識が、防御は雅臣の意識が担ってる。その雅臣の守りを破って、君は勝ったんだ。それは、憑依者としての俺と雅臣に勝ったことと同じだ」

 違う。私はただ雅臣と手合せをしただけ。ほとんどお遊びのような、ルールもろくにない、当事者たちだけが満足する手合せだった。

そこには彼らの世界の、憑依者や身体

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アスタラビスタ 6話 part2

アスタラビスタ 6話 part2

 どちらかが起きているようにしてる? 

いや、それはおかしい。私は雅臣と清水が昼間、一緒にいるのをよく見る。それに雅臣は昼間、私と稽古しているじゃないか。

「雅臣は紅羽ちゃんと稽古するようになって、昼間も起きているようになったんだ。もともとショートスリーパーだったんだけど、最近はまともに寝てなかったみたい。だから寝かせてあげて」

 清水の口から、自分の知らなかった事実を語られ、頭の中が罪悪感

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アスタラビスタ 6話 part1

アスタラビスタ 6話 part1

 目が覚めると、時計は午後一時を指していた。

 近頃、雅臣との手合せで筋肉痛がひどく、起き上がると身体が軋む。だが、そのおかげで少し体重が増え、体力もついた。

病弱そうに細かった身体は、いくらか健康体に近づき、心も以前に比べて元気になった。

 ただ、独りで部屋にいると、未だに寂しさに襲われる。

特に夜。

昼間、雅臣たちと楽しく過ごした反動から、途方もない孤独に心が潰れそうになる。

 そ

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アスタラビスタ 5話 part6

アスタラビスタ 5話 part6

 彼らはまるで嵐のようだった。こんなエネルギーを間近で感じたのは久しぶりだったため、どっと疲れが襲ってきた。あれが若さというものなのか。

 ふと冷静になった私は、「食糧は多くない」という、先ほどの雅臣の言葉を思い出した。

彼らは貧乏だと言っていた。どの程度なのかは分からないが、こんな広いマンションに住んでいるのだから、それほど苦しいわけでもないのだろう。

 いや、この部屋を借りるために、彼ら

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アスタラビスタ 5話 part5

アスタラビスタ 5話 part5

 亜理の喜ぶ様子を見ていた晃は、彼女の洋服の裾を軽く引っ張った。

「亜理、目的だった資料は渡せたの?」

 そうだ。彼らが来たのは、雅臣の忘れた資料を届けることだったように思う。結果的には雅臣のものではなかったが。

「雅臣の資料だと思ったやつ、ただの余りだったんだって」
「なんだ、そうだったの」

 晃は「それなら」と呟くと、私へ一瞬目を向け、亜理の手をつかみ「そろそろ失礼しよ

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アスタラビスタ 4話 part7 4話完結

アスタラビスタ 4話 part7 4話完結

  彼と河川敷へ夕日を見に行ったのは、たった一度きりだった。のちに私は彼から別れを告げられる。
 私は彼を忘れるために、彼の好きだった茶色の髪を黒く染めた。彼の好みに合うよう、今まで髪を染めていたのだ。自分の茶色の髪を見ていると、彼の理想に近づきたいと努力していた自分が、容易に思い出された。
 だから髪を真っ黒に染めた。塗りつぶすように。
 着飾ることもやめた。彼の隣で輝くという目的を失った私は、

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アスタラビスタ 4話 part6

アスタラビスタ 4話 part6

「ねぇ、聞こえてる?」

 私は「聞こえているよ」と彼に返事をした。いくら風が吹いていても、こんなに近くにいるのだから、彼の声が聞こえないはずがない。

「寒くない?」

 彼は私の手の甲を優しく撫でた。彼の手はいつも汗ばんでいる。「汗、かいてるよ」と私が言うと、彼は「ごめん」と微笑み、洋服の裾で手を拭って、私の手の上に自らの手を重ねた。

 夕暮れが広がる空の下。私たちは河川敷の芝生に座ったまま

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