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アスタラビスタ 8話 part4


 雅臣の運転する車に乗り、彼らに連れて来られたのは、東京駅近くの大きなビルだった。
 私はこの近辺に訪れたことがある。夢と希望を持って上京したとき、私が初めて降り立った駅が東京駅だった。
 彼らの組織の本部だというビルは、人目を嫌うように外壁も窓も黒く、数社の企業が入っていてもおかしくないほど大きなものだった。
 私はビルを見上げ、雅臣に尋ねた。彼はこのビルには自分たちの組織しか入っていないと答えた。まさかこんなビジネス街に、彼らの組織があるなんて思ってもいなかった。ましてや彼らの組織が、この場所に本部を構えられるほど、大きいものだとは予想もしていなかった。
 東京駅や皇居、警視庁に近いこの場所に本部を構えているということは、国という大きな視点から見たとしても、彼らの組織は見て取れるのかもしれない。
 ビルは遠くなるような青空を背景に、こちらへと倒れ、迫ってきているかのように見えた。
 彼らに連れられてビルの自動ドアを潜る。中は外観とは違う世界が広がっていた。エントランスは大理石の床が敷かれており、天井にはシャンデリアが垂れ下がっていた。そこには、人目を嫌うような外観の要素は何一つ残っていなかった。
 恐る恐る中の様子を窺いながら進むと、すぐ目の前に警備員が立っていた。黒地の、袖や襟の淵に白いラインの入った制服を着ている。その奇抜さから違和感を感じたが、それをよしとするような、この空間と着慣れている感じからして、本当の制服であるらしい。
 雅臣はジーンズの後ろポケットから出した、ストラップ付のカードを警備員に見せていた。おそらく通行証、身分証なのだろう。それを確認した警備員は、私たちを建物の奥へ進むよう促した。
 「行くぞ」と雅臣が私たちに合図をする。何か覚悟を決める必要があるのか、清水と圭は真剣な顔で唾を飲み、深く頷いた。
 エントランスの中央に垂れ下がっているシャンデリアの下を潜り、エレベーターに乗る。私たち全員が乗り込み、雅臣は最上階のボダンを押し、扉が閉まった。重力が軽くなったと錯覚する。エレベーターが上へと動き出した。
「身分証。毎回、確認する必要ねぇだろって、俺は思うんだよ」
 私の隣にいた圭が、沈黙を破った。
「激しく同意。無意味だと思う。俺らの顔くらい知ってるでしょ」
 清水がすかさず圭に言った。
「いつまで経っても、疑われてるんだろ。俺たちは」
 雅臣が呆れたように言うと、清水も圭も「納得」と声を上げ、また黙り始めた。
 私はこれから会う、組織のトップの人間のことを考えていた。どんな人なのか。おそらく彼ら組織にとって、私は良い印象は持たれていないに決まっている。これから自分に浴びせられる言葉は、きっと鋭いものだろう。
 それを考えると、エレベーターの僅かな重力変化も、充分に気持ちが悪くなる要因になった。

 最上階へと着き、エレベーターの扉が開くと、フロアは真っ暗だった。電気が点いていない。薄ら廊下の両隣に数字の書かれたドアがあるのは分かる。
 雅臣がフロアを間違ったのかと思ったが、暗い廊下を彼は足早に歩いて行く。
「早く気づかれないうちに行こう」
 雅臣は小声で、足音を立てないように歩いて行く。私は慌てて彼の後を歩いて行こうとしたが、その前に現状を確認しようとした。
「あ、あの」
 彼の背中に声をかけると、私の後ろにいた圭が「やめろ、馬鹿! 声が大きい!」と、小声で注意された。
 途端、廊下に電気が点いた。いきなりの眩しさに目が眩んだ。
「あれ? 雅臣たちじゃん」
 数字の書かれたドアの一つが開き、男が出てきた。その瞬間、圭と清水が猛ダッシュでエレベーターへと戻った。
「じゃ、俺たちは非難する!」
 圭はそう言って、エレベーターの扉を閉めようとした。ボタンを連打した。雅臣は「ふざんけんな! 逃げるな!」と彼らを追いかけ、エレベーターの扉に自分の上半身を挟んだ。
「俺だけにあいつらの相手をさせるつもりか!?」
 珍しく雅臣が冷静ではなくなっていた。先ほどまで冷静だったというのに、今は焦っている……というか、混乱している。
「大丈夫だよ。紅羽ちゃんがいるんだから、ちゃんと男らしく守ってあげて。あと、佐々木によろしく言っておいて」
 清水までもが雅臣を見捨てようとしている。
「馬鹿! 俺が盾になるのは岸浦と話す時だけだ! 他の奴は惹きつけるってお前らも言ってただろ! あと、清水! 佐々木とは自分で話せ!」
  エレベーターの中の清水が、困ったように眉を下げた。
「ダメだよ、雅臣。今日は嫌な予感がする」
  その言葉に雅臣も黙り込み、肩を落とした。
「ごめんな! 紅羽! 頑張れよ!」
  呆然とする雅臣をエレベーターの扉から引き剥がし、圭が私へと声を上げてエレベーターの扉を閉めた。
  一連の出来事で、私の清水と圭への信頼は一気に崩れた。彼ら二人は逃げた。私の大事な聴取を目前にして。
  他人の危機なんて、結局はそんな程度にしか感じないものなのだ。私がどうなろうと、彼らの知ったことではないのだろう。
「大丈夫だ、紅羽……」
  虚ろな目で肩を落とす雅臣が私に言う。先程、公園で会話をした彼はどこへ行ってしまったのだろう。
 今の彼が発するその言葉は、全く頼もしさがなかった。
「なんだ、清水に逃げられたのか」
 「3」と書かれた扉から出て来た男が、私たちへと近づいてきた。
 高い身長に少しこけた頰の彼は、雅臣よりも僅かに年上に見えた。

佐々木

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