アスタラビスタ 5話 part6
彼らはまるで嵐のようだった。こんなエネルギーを間近で感じたのは久しぶりだったため、どっと疲れが襲ってきた。あれが若さというものなのか。
ふと冷静になった私は、「食糧は多くない」という、先ほどの雅臣の言葉を思い出した。
彼らは貧乏だと言っていた。どの程度なのかは分からないが、こんな広いマンションに住んでいるのだから、それほど苦しいわけでもないのだろう。
いや、この部屋を借りるために、彼らはいつもひもじい思いをしている可能性もある。
私はこの騒ぎに便乗して「そ、それじゃ、私も……」と帰ろうとした。
雅臣に背中を向けて玄関へと向かおうとした時、がっちりと右腕をつかまれた。
それもそこそこ強い力で。
「お前は帰らなくていい」
この微妙な空気の中、私に居続けろというのか。
私は何か帰る理由を見つけようと思ったが、そうしている間に雅臣は「飯作ってくる」とオープンキッチンへと向かって行ってしまった。
「まるで嵐のようだったね」
苦笑いしながら、清水が私に声をかけた。私のように孤立していない人間でなくても、彼女たちは「嵐」と感じるらしい。
「亜理は俺と同じ憑依者で、晃は清水と同じ、正規身体提供者だ」
雅臣は私に説明しながら、フライパンをコンロに置いた。
コンロを点火し、冷蔵庫の中を見て食材の状況を確認する雅臣は、やはり慣れた手つきだった。
「そうなんですね。だから晃さんと亜理さんは、あんなに気が合っていたんですね」
この表現が合っているのか分からないが、我儘が言えるというのは、きっと気が合う仲ということなのだろう。
するとオープンキッチンのカウンターへと、雅臣を覗きに来た清水が、私の言葉に笑顔を見せた。目尻の下がった優しげな表情は、いつにも増して柔らかくなった。
「まぁ、当然っちゃ当然だよね。あの二人ほど、仕事でも息ぴったりで、仲良しな関係なんてきっとできないよ」
清水の言っている意味が、いまいち理解できず、首を傾げて適当に「そうなんですか」と呟くと、私のいい加減な返答に気づいたのか、雅臣が付け加えた。
「あいつらは憑依者と身体提供者っていう以前に、プライベートでもパートナーなんだよ」
プライベートでもパートナー? それって……
「要するに、恋人同士ってことだよ」
こういった色恋話が好きなのか、清水が珍しくにやにやと笑っていた。
恋人同士……。
その言葉に、私は彼女たち二人を見る目が変わった。温かく見守る眼差しから、氷のように冷たい眼差しへと。
こんなにも手のひらを返すような見方はいけないと分かっている。ただ、私の彼女らへの感じ方が変わっただけだ。態度でそれを示そうなんて思っていない。
自分が失恋していたからかもしれない。だから私は幸せを表すはずの「恋人」という言葉に、嫌悪感を抱いたのかもしれない。
「俺は亜理と同期で、小さい頃から組織で一緒に育った。だから、ああやって時々ここに遊びに来るんだよ。資料届けに来たなんて言ってたけど、ここに来たかっただけだろうな」
私は明るい言葉を発することができなかった。ただ、神妙な顔で、「へ、へぇ……」と答えることしかできなかった。
正直、今の私は、他人の幸せな話なんて聞きたくなかったのだ。
雅臣が作った料理はおいしかった。緊張もしなかった。三人との会話はいつもと同じで楽しかったし、会話だって弾んだ。
薙刀のこと。
大学での近況。
今日の雅臣との手合せで、どちらがどんな技を出したのか。
話は尽きなかった。まるで、昔からの知り合い同士だったかのように。
でも、私が何も考えず、緊張せずに過ごすことができたのは、おそらく心の大半が嫌悪感と罪悪感で支配されていたからだと思う。
※アスタラビスタ5話はこちらのpart6で完結です!次回から6話が始まります!ぜひお楽しみにー!
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