雅臣_眠る2-min__1_

アスタラビスタ 6話 part1


 目が覚めると、時計は午後一時を指していた。

 近頃、雅臣との手合せで筋肉痛がひどく、起き上がると身体が軋む。だが、そのおかげで少し体重が増え、体力もついた。

病弱そうに細かった身体は、いくらか健康体に近づき、心も以前に比べて元気になった。


 ただ、独りで部屋にいると、未だに寂しさに襲われる。

特に夜。

昼間、雅臣たちと楽しく過ごした反動から、途方もない孤独に心が潰れそうになる。



 それはいつまで続くのか。終わりは訪れるのか。


 誰かが私の隣にいてくれるようになったら、その孤独は消えるのだろうか? もしそうなら、私は一生、孤独から逃れることはできない。



 ちょうど大学の授業もなく、暇を持て余していた私は、アパートの近くを散歩することにした。

日が高く昇っている時間に、何の目的もなく歩く。人生でそんなことができる時間は、きっとあと僅かしかない。


 昼の暖かな日差しの中、自分の髪が揺れた。

近くの幼稚園から聞こえてくる子供の声。草花の香り。首都高速を走る車の音。

今まで感じられなかったものが、今の私には感じられた。

 それは、私に「余裕」が生まれたからだと思う。だがその余裕は、私に孤独について考えさせ、思い悩ませる。

私はその余裕を、満ち足りた時間を過ごすために使えていない。

やっと生まれた余裕で、私は自分の首を絞めている。



 ポケットから携帯電話を取り出す。唐突に誰かに助けを求めたくなった。

これまで孤独だった私は、誰かに助けを求めようと、いつも必死でいた。

しかし今、私には助けを求められる人が近くにいる。

孤独から、一時的にでも逃げ出す手段を持っている。



 だがそれは、ずっとそばにいてくれる存在ではない。助けを求め、救われた後、また苦しくなることを私は知っている。


 連絡帳の中にある電話番号を選び、耳に携帯電話を当てる。少しして、呼び出し音が止んだ。


「……もしもし?」
 聞こえてきた声は、電話番号の持ち主の声ではなかった。



 雅臣たちの部屋の前で、私はドアが開くのを待っていた。薙刀の道具も持たず、大学で使うテキストの入った鞄も持っていない。

 ドアが開くと、先ほどまで私と電話越しで話していた清水が出迎えた。

「いらっしゃい、紅羽ちゃん」
 今日はずっと家にいたのか、ラフな服装で彼は微笑んでいた。

私は清水に電話をかけた訳ではなかった。本当は雅臣の電話番号に電話をかけた。だが、雅臣の携帯に出たのは清水だった。

 挨拶をしようとすると、清水は咄嗟に自分の唇に人差し指を当てた。その動作に、吐き出そうとした言葉を飲み込んだ。

「……静かに」
 部屋の奥を指し示す清水に、私はゆっくり頷いた。

玄関へと入って靴を脱ぎ、そっと部屋に上がる。準備ができた私の姿を確認すると、清水はリビングへと向かって行った。

彼の後ろを少し離れてついて行く。行きついたリビングは、以前彼ら三人と食事をした時以来、物の配置も、汚さも変わっていなかった。

昼の暖かな日差しが、カーテンを通して入り込むと、この汚い部屋も良い部屋だと思えてしまうから困る。


 ふと、目線をソファーに向け、私は目を見張った。雅臣がソファーに横になって眠っていたのだ。

最初は横になっているだけかと思ったが、目を閉じて規則的な呼吸をしているところを見ると、彼は確実に深い眠りに落ちていた。

 私はソファーで眠る彼の顔を、思わず覗き込んだ。こんな無防備な姿の彼は初めて見た。




「ごめんね、雅臣寝ちゃってるんだよ」

 だから雅臣は電話に出なかったのか。代わりに電話に出た清水には、「マンションにおいで」としか言われていなかったため、内心何事かと思っていた。

これなら、雅臣の携帯に清水が出たのも納得できる。

「雅臣と俺はね、仕事上、交代で寝るようにしてるんだ。雅臣は夜起きてる。24時間、常にどちらかが起きてるようにしてるんだ」
 雅臣を覗き込んでいた私は、清水へと顔を上げ、「え?」と声を上げた。


清水は眉を下げ、肩をすぼめて見せた。



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