アスタラビスタ 5話 part5
亜理の喜ぶ様子を見ていた晃は、彼女の洋服の裾を軽く引っ張った。
「亜理、目的だった資料は渡せたの?」
そうだ。彼らが来たのは、雅臣の忘れた資料を届けることだったように思う。結果的には雅臣のものではなかったが。
「雅臣の資料だと思ったやつ、ただの余りだったんだって」
「なんだ、そうだったの」
晃は「それなら」と呟くと、私へ一瞬目を向け、亜理の手をつかみ「そろそろ失礼しよう」とソファーから立ち上がった。彼はおそらく、私が来たことで自分たちは帰るべきだと察したのだ。
「晃は先に帰ってて! 私はまだここにいる。紅羽ちゃんともまだ話したいし!」
自分にとって都合の悪い言葉を、亜理は笑顔で回避した。私には、それが手慣れているように見えた。きっといつもこうして、彼を困らせているのだろう。
晃はため息をつくと、助けを求めるように雅臣へ話しかけた。
「雅臣さん、紅羽さんがここに来たのは、何か理由があるんでしょ?」
表情一つ変えず、雅臣は淡々と答えた。
「特に理由はないが、飯食わせてやろうと思って連れて来た」
その言葉を聞いた晃は、雅臣の言葉を口実にして、亜理を連れて帰ろうとした。
「ほら、お邪魔になるから一緒に帰ろう」
「あたしもご飯食べていく!」
もはや私は遠い目をして彼らの会話を聞いていた。亜理に雅臣は「うるせぇ、うるせぇ」と言いながら、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、大きな声で言った。
「いいから亜理、晃と一緒に帰れ。お前ら二人に食わせられるほど、俺たちの食糧は多くねぇんだよ。分かるだろ? 俺たちは貧乏なんだよ。とっとと出ていけ。金持ちが」
それは確実に二人に言った言葉だった。だが私は、雅臣の「食糧は多くない」という言葉に、自分もここにいてはならないような気がした。
亜理は「はぁ?」と喧嘩腰に声を上げると、雅臣に詰め寄った。
「貧乏なら働きなさいよ! 資料の片づけとか、雑用ばっかりやってないで、自分で仕事見つけてもっと働きなさいよ! 働かないからお金がなくなるんでしょ!? だいたい、こっちは資料届けに来てあげたっていうのに、何よその態度!」
とにかく雅臣に対して怒りが爆発している亜理の肩をつかみ、晃は玄関へと誘導して行った。彼は私と雅臣に申し訳なさそうに頭を下げた。その間にも、亜理は雅臣に対して様々な文句を言っていた。
だが、玄関で靴を履いたところで、彼女は雅臣への文句を止め、私に対する声をあげてきた。
「紅羽ちゃん! また会おうね! 今度はゆっくりお話しよう!」
私が辛うじて「う、うん」と返事をすると、彼ら二人は出て行った。
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