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アスタラビスタ 8話 part6


 気を取り直したように、雅臣は私に説明し始めた。

「他の憑依者はここに住んでるんだよ。ここは組織の本部でもあり、憑依者の寮なんだ」

 彼らの姿を見送った雅臣が、私に教えてくれた。

「ここにいれば家賃はかからないんだが、なんせ住んでる人間たちが特殊な奴らばかりだ。だから俺と清水はここを出た。亜理や晃も」

 私は今の彼らを見て、雅臣と清水がここを出た理由が分かった。もし私がここに住めと言われても無理だと思う。

 今日ここへ来る途中、清水と圭が逃げ出した理由がやっと分かった。ここに長時間いることは、精神衛生上、絶対に悪い。


「私も絶対ここで生活できないと思います」

 私は遠慮なくこの場所を批判した。

「それが普通だよ」


 そう言って、雅臣が一歩踏み出そうとした時、隣にいた雅臣の背中でゴンという鈍い音がした。なんの音かと雅臣の顔色を伺うと、「また面倒な事になった」と訴えるように、眉を下げた雅臣が私を見ていた。

「いたたたた……」

 彼の後ろを見ると、華奢な女性が額を抑えて佇んでいた。

「なんでぶつかるんだよ……」

 振り向いた雅臣は呆れたように彼女を見下ろした。

「ごめんなさい、考え事してて」

 謝る彼女の長い髪は、毛先にグリーンのグラデージョンを入れていた。奇抜なその色を見て、私は彼女が憑依者だと理解した。

「やめてくれよ……何もしてないのに俺が殺される」

 殺される? ただ軽くぶつかった、ましてや相手が勝手にぶつかってきただけで、どうしてそんな物騒な話になるのか。

「おぉ、雅臣! 生きてたか!」

 エレベーターから出てきたのは、前髪を斜めに短くカットした、筋骨隆々な女性だった。背が高く、表情や仕草は男性のように雄々しかった。

「英莉、どうした?」

 背の高い彼女は、グリーンの髪の憑依者を覗き込み、心配そうに声をかけた。


「私、雅臣くんに勝手に自分からぶつかっちゃって」
「おでこ、ぶつけたのか?」

 髪の長い彼女の額をいたわるように触りながら、その人は尋ねた。

 私には、それがなぜかいちゃついているように見えた。どちらも女性のはずなのに、2人の間にはこちらが恥ずかしくなるような、親密な雰囲気が流れていた。
 背の高い彼女は雅臣へと顔を向け、声を荒げて詰め寄ってきた。

「こんなところに立ってんじゃねぇよ! 廊下は歩くものだろうが!」

 雅臣の方が背は高かったが、今は彼女の方が大きく見えた。
「すいませんでした……」

 目線を落とし、雅臣は小さな声で謝った。
 完全に言いがかりだ。ぶつかってきたのはそっちじゃないか。

「違うの! 私が勝手にぶつかったんだってば!」

 髪の長い彼女はその人の黒いTシャツを引っ張りながら、ばたばたと身振り手振りを交えて説明した。

 彼女の行動と言動は、いかにも可愛らしい女性だった。いわゆる男性ウケの良い、女の子らしさだ。演じているのか、地なのかは分からないが。


「英莉は悪くない。悪いのは憑依者のくせに、こんなにでかい雅臣だ」

 何という理不尽な言いがかりなのだろうと、私は思わず笑いそうになった。だが背の高い彼女はやっと雅臣の隣にいる私に気がついたようだった。

「誰だお前」

 私を睨み、まるで不良のように威圧してくるその人に、私はどう対応すればいいのか分からなかった。

「No.6の件で俺が保護した一般人だ」


 雅臣が一言、そう説明した。保護した一般人。間違いではないし全くその通りだが、一般人という言葉は、私を私として見られていない気がした。

「あぁ、強いってお前が言っていた子か」

 彼女は先程の威圧を消し、私に笑顔を向けた。

「私は眞琴。こっちは憑依者の英莉。No.2だ。よろしくな」


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 私は軽く会釈をした。

「雅臣くん、岸浦さんに会いに行くの?」

 英莉と呼ばれた憑依者が、雅臣に不安そうに尋ねた。

「今日来るよう呼び出された」

 雅臣の口ぶりから、彼は彼女たちに私の事情を詳しく話していたらしい。

「うるさく言うつもりはない。上手くやれよ」

 彼女たちにそう告げられ、私と雅臣はやっと解放され、逃げるように廊下を歩き出した。



 背後から彼女たちの気配がなくなると、雅臣は小さな声で教えてくれた。

「俺たちNo.5は、英莉と眞琴のNo.2と同盟を組んでる。亜理と晃もだ。さっき、清水は身体提供者として組織で2番手に入るって言ったろ? 身体提供者として1番強いのは、あの眞琴だ」

 私は慌てて彼に尋ねた。

「え?女性でしたよね?」

 彼女は男性らしさがあったが、性別は女性のはず。なのに、身体提供者として、つまり組織の中の戦闘力で1番強いというのか。

「あぁ、女だよ。でもあいつだけ頭一つ抜きん出て強い。清水でもあいつには勝てなかった。だから、限界点を越えれば男女なんて関係ないって、俺はあいつを見て思った」

 驚いた。まさか戦闘力の頂点にいるのが女性だったとは。同時に頼もしく、同じ女性として誇らしく思った。


 廊下を進み、数字の書かれた扉を次々と通り過ぎていく。「1」と「2」の扉を通り過ぎると、廊下の突き当たりには重厚感のある木目調の扉があった。


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