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書評

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2022年3月の記事一覧

石原慎太郎(2018)『天才』幻冬舎文庫



天才・田中角栄の生涯を一人称視点で描いた小説。田中角栄という一人の人生があったことを厳然として標し続けてくれるだろう。この際、著者の長逝にも哀悼の意を示したい。

先を読み、例え理解されずとも国民にとって必要な施策を打つことが政治の仕事であり、現代の政治家も大いに勉強しなくてはならない。また、田中氏の人を巻き込む力には感心するばかりである。しっかりと引き継いでいかなくてはと思う。それでも、人生

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斎藤幸平(2020)『人新世の「資本論」』集英社新書

資本主義の弊害を脱成長の主張で乗り切ろうとする試みの最新版。昨今話題の気候変動を絡めて脱成長の必要性を訴える点と、マルクス主義の新解釈として脱成長を唱える点が新規性である。

筆者は従来の脱成長を「脱成長資本主義」であるとし資本主義の内包する矛盾から決別できていないから実現不可能であるとする。その上で、消費ではなく生産にメスを入れ、資本主義そのものを解体すること、つまり「脱成長コミュニズム」を樹立

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青木栄一(2021)『文部科学省』中公新書

近年、失敗が目立つ文部科学行政について、その実施組織に着目して体系的に分析した一冊。文部科学省という機関を包括的に記述する本書は行政研究の手法として非常に面白く、基礎的理解を得るには丁度良い。

効果が目に見えにくいこともあり世論や財務省の査定では不利な立場にありつつ、全国の教育委員会に対しては明治以来の伝統的統制を堅持する”内弁慶”の文科省を、官邸や経済界が科学技術振興のために利用していく過程を

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真山仁(2006)『マグマ』角川文庫

傑作。地熱発電事業に取り組む投資ファンドの担当者を主人公にした経済小説。特に、この2050カーボンニュートラルが至上命題となったいま読み返してみると、著者の先見性にただ驚くばかりである。人が想像できることは必ずや実現できる、そうした信念を持って社会課題に取り組んでいこう。

本書出版の後を追うように地熱発電の普及を妨げていた様々な規制は改革され、現在は往時よりは事業環境は良くなっている。しかしなが

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日本経済新聞社編(2021)『これからの日本の論点2022:日経大予測』

来たる年のトピックを総覧できる非常に有用なシリーズ。毎年の習慣として読んでもいいくらい。2022版が2018版より面白くないと感じるのは、コロナ禍のせいで識者の予想も語り尽くされてしまったからだろうか。

ロシアのウクライナ侵攻で予測外の大トピックが誕生してしまったが、本書に摘示されている世界の動向は加速することはあれど消滅することはないだろう。いつだって、大局観をつかみながら、目の前の事象に当た

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山本文緒(2016)『なぎさ』角川文庫

海辺の街を舞台にした人間関係ドラマ。口に出さないならば、どんな親しい間柄でも分かり合うことは難しい。どこまでいっても他人である二人の人間同士、すんなりといかないことばかりだけど何処か愛おしくもある。

なぎさには、どこまでも開けた人やモノの行き来と無限の衝突が待ち受けている。時に得体の知れない存在と鉢合わせることもあるけども、広い空間には遮るものはなく、自分の決めた方向に歩みを進めることはいつだっ

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窪美澄(2017)『水やりはいつも深夜だけど』角川文庫

映画『かそけきサンカヨウ』の原作本。映画と同じで、読後にどことなく透明で爽快な感情になる。家族や結婚や恋愛の、決して状況が一夜にして好転することのない絶望感は厳然としてそこにありつつも、それでもクリアな気持ちになれる不思議。

作者の窪美澄さんは男女を中心とした人間関係の「どうしようもなさ」を描く作品が本当に秀逸で、本作も全く期待を裏切らない。人間に対するそんな眼差しをこの世界のみんなが持てたなら

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