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#掌編小説
掌編小説『水色スイマー』
ゴーグルを通してみる水底は肉眼で見るのと妙に遠近感が違う。
俺はクロールで五十メートルプールの中程まで息継ぎなしで泳ぐ。手足の先からピリピリと酸素が抜けていく。限界に達した時、水面から最小限の動作で息継ぎをする。一気に肺が膨らむ感覚がした。
五十メートルプールの端までたどり着くと、俺は勢いよくプールから上がった。吹きすさぶ風が、もう六月になるというのにどんどん体温を奪っていく。もちろん下半身
【掌編小説】おもいで
白く乾いた茶色い土に、ぽとり、ぽとりと。黒いしみが落ちていた。
「ちょこれーとだ!」
女の子が言う。
「かのちゃん、ちょこ、れぇ、と!」
女の子がしゃがんだ。
「かのちゃん!」
ひかりを受けてふわふわ揺れる、か細く短く逆立つほつれ毛。女の子のうしろ頭と、黒いしみ。
「かのちゃん!ほら!」
腰を折って、目をしみに近付けた。じんわりと、ふっくらと、縁から盛り上がり、縁から剥
長い髪 #原稿用紙二枚分の感覚
「お母さん!お母さん、いないの?」
半泣きで走って帰った家は空っぽで、帽子とランドセルを乱暴に玄関先に投げ込むと、由美子は斜向かいの山田家に走った。
5月にしては暑い日で、山田の叔母さんは風を通すために玄関のドアを開け放っていた。玄関先には母のサンダルが並べられていて、奥の居間からは良く通る母の声と山田の叔母さんの笑い声が聞こえていた。
「お母さん!」
まるで自宅かのように靴を脱ぎ捨て、挨
アスファルトの上の陽炎(ショートショート)
歩いても歩いても景色は変わらなかった。
右手に広がる青々とした田んぼ。前方に佇む山は霞んで見えた。
目の前のアスファルトは山に吸い込まれるように一直線に伸びていた。
ジ、ジジジーィ!
油蝉の鳴き声が尻すぼみに止んだ。
アスファルトには木の影が黒々と刻印されていた。
汗が左頬を伝わる。
左の眼下に白い砂のグラウンドが現れた。大学野球の練習場だ。
僕はカバンを置くと、捕手の人形のキーホルダーが躍った。
目覚める前もずっと暗い
夢の中でだけれど、初めてバラの花束をもらった。青いのを三本、リボンで結んだ小さな花束だ。八重咲の花びらには蛆が這っていて、でも、とても良い匂いがする。
棘の部分がむき出しのままだから、無理に握らされるとすごく痛い。渡してきた相手の手も血塗れで、きっと彼も同じくらいに痛かったはずだ。これでおあいこということには、けしてならないけれど。
私と彼が初めて会ったのは子どものころで、やはり眠っていると
ルンナは夜明けまでに
ルンナは、昨夜トイレに入って内側の鍵を下ろした。
手探りで下腹部に起きた変化を確かめる。両脚の間に突如出現したドームのようなものが、圧力の高まりによって、徐々に大きくなる。押し出されるようにして飛び出したそのドームのようなものを、自らつかんで引きずり出す。ずるずると抜けたとき、手の力も抜ける。
水洗トイレのわずかな水溜まりから、今取り落としたものを慌てて拾い上げる。手のひらで丁寧に拭きな
僕らは歩いていく #原稿用紙二枚分の感覚
ザジャリザジャリと僕らは歩く。
淡紅色の砂浜に、2つの影が、長ぁく伸びる。
ザジャリザジャリと影を追い、僕らはゆっくり身を寄せる。
2つの影が1つになって、離れるときには手で繋がっていた。
会話の無いまま、僕らは歩く。
ザザァザザァと打ち寄せる波。
右掌を握り直し、指を君の左手に絡ませた。君の肌の柔らかさと、薬指にはめられた指輪のツルツルした硬さを感じる。
半歩先を行く君がそれを握り
【掌編小説】カレーの日
病院の窓。外。ショッピングセンターの駐車場。数少ない車。ぴかぴか輝く、屋根や鼻っ面。
独り者のドアが開いた。運ばれてきた食器には、いつも通りに蓋がされている。お皿の数は少ないのに、何だかいつもより豪華に見えるワンプレート。
「お食事ですよ。今日はアレですよ」
「えへへ」
看護師さんが含み笑いで退室する。蓋を開ける。食欲をそそる、あの匂い。有名店のとっておきのスパイスが入っている訳でも