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note小説(2/2)「ようこそ、わらしべカフェへ」②曜変天目茶碗編(約3000字)

(はじめに)
この小説の舞台設定を知りたい方は、以下のリンクより前作「①プレステ編」をご覧ください。

カランコロン、カラン……
涼しげなガラス管の音がして、木の扉が開いた。

「おはよう、マスター!」
日曜日の昼下がり。
私は、ここ並木通りの「わらしべカフェ」で、圭介と待ち合わせをしている。圭介は、大阪出張もあったりして忙しそうだったから、しばらく会えてないんだ。

「ああ、美結(みゆう)さん、いらっしゃい! 今日はひとりなんじゃ」
「ええ、圭介くんは、忙しそうなんよ。でも、今日はいつものところでねって、メールで誘ってみた」
「ほうなんじゃ。そう言やあ、圭介くんの姿も、最近、見んかったなあ」
マスターの真木さんは、仕込みか何かで忙しそうにしていた。

カランコロン、カラン……
「頼もう……」
大島紬を着て、風呂敷包みをさげた老人が、扉を開けた。
「こちら、わらしべカフェ、でよろしいかな?」
「あ、いらっしゃいませ。はい、そうです!」
真木さんが、顔をあげて明るい声で挨拶する。
私は、その老人の顔に見覚えがあるような気がしたが、思い出せなかった。

「お宅のリサイクルショップのことを、インスタグラムで拝見しましてね」
老人が袖に手をいれて、スマホをとりだした。
「これに出ておる茶碗のことなんですが……」

真木さんはカウンターから出て行って、老人の示したスマホの画面をのぞき込む。
「ああ、それですね。奥の棚にあります。どうぞ」
「ぜひ実物を見たいと思うて、来てみたんです」

老人は、棚をぐるーっと見回していたが、しばらくして、ぱっと顔を明るくした。
「こ、こ、これかあ!」
前のめりになって、老人は棚のほうへ近寄ってゆく。

棚の一番隅っこにある茶碗を見つけたようだった。
「手に取ってもよろしいですかな?」
「どうぞ、どうぞ」
そう言われないうちから、もう老人は手を伸ばしかけていた。

「むむむむむっ…… こっ、これは…… す、素晴らしい! やはり間違いなかった。これは、いくらで譲っていただけますかな?」
真木さんは、老人の迫力に押され気味のようだ。

「は、はあ…… うちは、お客様の持ち込んだ品物と、物々交換する仕組みなんですが」
老人はそっと茶碗を棚に戻すと、こう切り出した。
「ああ、インスタにも、そう書いてありましたな。今日はこれを持って来てはおります」

老人は、風呂敷包をゆっくりと解いた。
「これは、李氏朝鮮の官窯である分院手で作られた高麗の白磁です。買えば、50万以上はします。これと交換でいかがかな?」

「えっ、しかし、この茶碗は私の友人の陶芸家が作ったものなんです。窯から出してみたら、こんなん出来ちゃった、って言って」

「そのような見え透いた嘘を申されるな。私の目に狂いはない。50年以上も骨董を見て来た、私の目は確かですぞ!」
「し、しかし、そうおっしゃられても」
「では、高麗の白磁にプラスして、もう300万出します。それならいいでしょう?」
「えっ?」

私は、老人の肩越しに、大きく両手でバツ印を作って真木さんに見せた。さらに、口パクで、ダメよダメ! と真木さんに必死に訴えた。

「何度も申しますが、その茶碗は友人の陶芸家が作ったもので……」
「むむむっ、お宅もなかなか手強いですな。ならば、500万で」
「ですから、この茶碗は、友人の陶芸家が……」

「では、正直に話しましょう。これは、『幻の曜変天目茶碗』に間違いありません。お宅も本当は、ご存じなのでしょう?」
「よ、ようへんてんもく?」
「現在、この日本には、正真正銘の、完璧な形で残っている曜変天目茶碗は、3つしかないんです。それもすべて国宝ですぞ」

私は、予想外の展開にただ驚いていた。ただ老人の背中をぼんやりと見つめながら、成り行きを見守るしかなかった。

「えっ、こ、国宝ですか?」
「ひとつめは、藤田美術館所蔵の曜変天目茶碗。これは徳川御三家の水戸から藤田財閥の手に渡ったものです」
 
「は、はあ……」
「ふたつめは、静嘉堂文庫美術館所蔵の稲葉天目。これは、徳川将軍家から岩崎弥太郎にわたったものです」
老人は、右手で指折り数えながら、得意げに話し続ける。

「そして、みっつめは、大徳寺の龍光院所蔵の曜変天目茶碗。これは、津田宗及から黒田家に渡っていたものでしてな……」
「そ、そうおっしゃられましても、これは先ほど申しましたとおり、友人の陶芸家が……」

「これは、よっつめの曜変天目茶碗に間違いありません。織田信長が所蔵していて、あの本能寺で焼けてしまった、と言われていた幻の名物が、ついに見つかったんです!」
きっぱり! と老人は自信満々で断言する。

真木さんは、ただ口をあんぐりと開けたまま、その場に凍り付いている。
「私が大切にしますので、是非!」

「そ、そこまでおっしゃるのなら……」
真木さんは、ついに押し切られてしまったのか?
「その御品はお持ち帰り下さって結構です。ですが、高麗の白磁は受け取る訳には行きません」

真木さんは、そこで一拍おいて、すうっと息を吸った。
「いったん、お持ち帰りのうえで、専門家に鑑定してもらって下さい。それが本物だったら、こちらに連絡をお願いします。……それで、どうでしょう?」

「なんともはや、お宅も頑固なおひとですなあ…… じゃあ、どうしてもお金は受け取らぬと?」
「ええ、そのような大金、受け取れません」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら、そうしましょう。では、鑑定結果が出ましたら、改めてご連絡差し上げますから」
老人は名刺を取り出して、真木さんに渡した。

老人は、「曜変天目茶碗」の入った桐箱を風呂敷に包むと、生まれたばかりの孫を抱くように、胸元に抱える。
「……ま、何かありましたら、いつでもそこに連絡をして下され」
老人は、満足げに微笑みながら帰って行った。

私は、とうとう我慢できなくなって、口を開いた。
「マスター、どうするん? 」
真木さんは、白髪頭を掻きながらカウンターに戻ってくる。
「いやあ、あの老人の圧が物凄くて、つい、負けてしもうたィや」

「う、うーん…… でも、あのひとが、鑑定に出すんなら、それで納得するかもね」
真木さんも腕組みをしながら、うんうんと頷いている。

首を振りながら、真木さんはカウンターの中で呟いた。
「名刺を見てから思い出したんじゃけど、あのひとは、貸しビルをようけ持っとる大地主さんじゃィや。骨董の収集家で、テレビに出とった」
「えっ? ほうなん? そう言えば、うちも見たことある気がしとった」

真木さんが、口髭を手で弄りながら、しみじみと語り出す。
「ものの値段や価値というもんは、ひとり一人の主観で決まるのかも知れんなあ。例えば、砂漠で迷ってから、死にそうになっとる大富豪じゃったら、眼の前にペットボトルの水を出されて、1,000万円じゃ、言われても即買いするじゃろう?」

「ああ、それはそうかもね……」
「あのひとは、その幻のようへんなんとか、にロマンを感じとったんじゃろうなあ」

 (FIN)

茶道具はロマン

尚、表紙の写真は yuzu|note さんのものをお借りしました。誠に有難うございました。

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