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プラネタリウムで居眠り
Jの話をしようと思う。でも結局それは私の話をすることになるのかもしれない。
話は四十年ほど前までさかのぼる。Jが大学を卒業する間近のある日、同じ文学部の先輩がJに電話をかけてきた。先輩とは講義で一緒になることはなかったが文芸サークルで知り合った。
「卒業後の進路は決まったか?」「特に何も」「就活していないのか?」「会社勤めに向かなくて」「自覚があるだけましだな」「漱石ゼミの教授からは院を勧め
高橋について語るべきことは(続)
前回は以下のように終わった。
私が最後に高橋に会ったのは二〇二一年十二月の初めのころだった。いつものようにふらりと私の店に現れた。雪でも降りそうな夕方の四時くらいだった。いつもより姿が小さく見えた。疲れているようだった。
「最後の最後に『あんた騙されたんだ』と言われたら、さすがに全身から力が抜けたよ。目まいがした。そうか、俺は騙されていたのか。そうかもしれないと、うすうす感じていたが、やっ
高橋について語るべきことは
序章 高橋とは
私が最後にその友人に会ったのは二〇二一年十二月の初めのころだった。いつものようにふらりと私の店に現れた。雪でも降りそうな夕方の四時くらいだった。いつもより姿が小さく見えた。疲れているようだった。彼は独り言みたいなことを話して帰った。それ以後、私は彼に会ったことがない。
私の店は大きな公園の隣のショッピングセンターにある。婦人服のブティックだ。パートの女性を雇ってい
掌編『犬を拾う』Short story "Pick up the dog"
それは駅前に、野良犬がウロウロしていた時代だった。田舎でも、野犬狩りとか保健所とか狂犬病とか、そういうことのレベルは都会と大差はなかったと思う。私は10歳くらいで、その前の週に、初めての眼鏡を手に入れた。私はその瞬間に、殆どのスポーツを諦めなければならなかった。コンタクトレンズなどという、サイボーグ的な文明の利器は遠い未来だった。
駅前の本屋で立ち読みをし過ぎた私の足は棒になった。本屋の親父に
掌編小説『同じ誕生日』Short story "Same birthday"
私が最初に同じ誕生日の人間を知ったのは10歳の頃だった。相手はアイドル歌手だった。3年くらいしたら芸能界から姿を消していた。こっちもアイドルとかに興味を失っていたけれど。それからしばらくして、売れないフォークソングの歌手も、私と同じ誕生日だと知った。特に感慨はなかった。
中学の頃、たまたま隣に座ったクラスメイトが同じ誕生日だということを知ったときは、結構驚いた。生年月日がすべて同じで、血液型も
掌編小説『スマホのない頃』Short story "When there was no smartphone"
最近私は昔のことを、ときどき思い出す。学校の図書館の本の最後の厚い紙(頁)には、小さな紙の封筒が貼ってあって、その中にはカードのような薄い紙が入っていた。そこには横罫が引かれていて、罫と罫の間には、日付とか、知らない誰かの名前とかが、小さな手書きの文字で書いてあった。貸出カードだ。誰が、いつ借りて、いつ返したのか、その脈々と続く読者の繋がりを、こっそりと覗くことができた。もしも私がその本を借りれ
もっとみる掌編小説『ボリュームを落とす瞬間』 Short Story "The Moment of Dropping Volume"
彼は雪国の生まれだった。雪国生まれだというわけでもないだろうが、派手なところはなかった。不要なことは喋らないし笑顔も少ない。嫌う人もいない代わりに人気を集めるタイプでもなかったと思う。都会で満員電車に揺られて出勤するような仕事には、最初から向いていなかったのかもしれない。たとえば山小屋の仕事が向いているかもしれない。山小屋にどんな仕事があるのか私には何もわからないけれど。
そんなふうに彼を思い
若き書店員の疑問 Young bookstores wondered that.
40年前、私は大学時代に町の書店でアルバイトをしていました。その書店が、通っている大学の近くにあり、住んでいるアパートの部屋(4階)の真下(1階)だったこともあり、書店員募集の求人広告の貼り紙を見て、すぐに応募しました。時給は400円くらいだったと思います。ちなみに、文庫本は1冊200円くらいの時代です。
私は大して熱心な書店員ではなかったと記憶しています。立ち読みを叱るでもなく、万引きされて
「つまらない大人」になったのか? Did I become a "bored adult"?
10代最後の年、私は浪人でした。
夏、中学時代の同級生と、偶然、歩道で会いました。彼は帰省中でした(実家の歯科医院を継ぐため東京の大学に進学したそうです)。悪い男ではないのですが、相変わらず(さらに東京的になった?)軽くてお調子者でした(さっきネットで調べたら、ちゃんと実家を継いでいました)。
「へー今、予備校。浪人してんの? 傘でも貼ってんの?」
「傘?」
私が彼の言葉の意味を理解したのは
妻は怒っている、かもしれない。My wife may be angry.
今日は妻のお供で近所の病院へ行きました。久しぶりの病院は改装されていて、ホテルか銀行のような雰囲気。全員が社会的距離を保ちながらマスクをしている姿は、もちろん正しい姿ではありますが、何となくSFのような世界でした。
元々自己免疫疾患を抱える妻は、2・3カ月前から、舌がピリピリしていて、ドライマウス気味なので、何か病気か?と心配していました。妻がスマホでいろいろ調べると、どうやら国が指定している難
ベストを尽くせば後悔はしない。If you do your best, you won't regret it.
私は3人の上司に恵まれました。星野さんと遠藤さんと坂中さんです。星野さんと遠藤さんについては、既に別の記事で書きました。星野さんは亡くなりましたが、奥さんとは親しくさせていただいています。遠藤さんは存命のはずですが、連絡先を書いたメモを紛失したため連絡できません。FacebookやTwitterもインスタグラムも、そういうことをするような人でもないのでSNSやネット上で見つけることも困難です。共通
もっとみるわからんもんやな人間って。I knew that people would change.
あなたには人生の師がいますか? 私には少なくとも3人います。星野さんと遠藤さんと坂中さんです。星野さんについては、別の記事で書いていますので、そちらをお読みいただけると幸いです。今回は遠藤さんについて書きたいと思います。他の機会に、坂中さんのことも書くつもりです。
私は別の記事でマクドナルドを舞台にした掌編小説を書きました。そのころ勤めていた広告プロダクションの上司が遠藤さんでした。背が高い、天