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『満ち欠けワンダーランド』02.原作


「え、なんで?」
 仲が良かったゾノとムギの交際を、破局後に知らされる。一時期ふたりの間には友情以外の何かがあったらしい。とてもそのような関係には見えなかった。
「それ、こっちが聞きたいわ。『ノリで付き合うな』とか初めてオッくんに説教食らったし、あいつは、」
 抱き締めたら非常に嫌がって、そこでフラれたとのこと。この奇妙な出来事を境に、仲間から抜けるどころか高校まで中退して東京へ逃げた彼女と俺は、満月の夜に再会を果たす。

 丸くて大きな目にかかるショートヘア、鼻筋が通り、薄い唇は仄かに染まる。幼さを残した独特の中性的な容姿に圧倒されてしまい、返事を忘れてムギの言葉を待った。
「変に記憶力いいっていうか。あの約束、忘れらんなくて。自分のせいで昔みたいに集まるの無理、でも、アーリーは来てくれる、信じてた。嬉しいな」
 次第に声が震える一方で、強がりの笑顔を向けられる。夢か幻と思った。動けずにいると、立ち上がって何度も背伸びする。身長差およそ30cmの懐かしい挨拶に頬が緩んだ。

 あれをただスマートフォンのカメラで撮れば、白い光となる。何の設定もしない写真は自らのぼやけた人生を映し出すようだが、隣に居るムギが楽しげで、ネガティブの類いはロマンチックな空に吸い込まれた。
「星も綺麗、童話の挿絵みたい。さっすが、最寄り駅まで遠いだけある!」
「バスと電車が……明日の予定は?」
「休み。んー、どうしよっか」

 現在の仕事や住まい等には触れない暗黙の了解、浮かぶ月が優しく見守る。

「これを越えたら、また残酷な朝がやってくる」
「うん、色々考えてるうちにカーテンの向こう側に太陽。で、頑張らなきゃの繰り返し」
 振り向くと視線が絡み合う、彼女に共感を覚えた。場の雰囲気が変わり、ベンチに腰掛けて耳を傾ける。
「今なら話せるかも」

 
 兄の後ろを付いて行く、活発な子供だった。
男の子だと間違われて急に可愛らしい服を着させられる。祖父が贈ったギンガムチェックのワンピースを泥だらけにして、それを洗う母親の気持ちを汲むなど、できやしなかった。
「あなたは大人しくしなさい」
と言われ続け、市街地から転校、舞台に登場する。

「こむぎちゃん、名前かわいいんだね」
 驚くべきことに美少女として扱われ、すぐ囲まれる。私が期待を裏切ってしまったら? 周りのリアクションが怖い、応えなければ、を堂々と遅刻してきた宮園が一瞬で吹き飛ばす。
「朝練には出た。誰?」
 欠伸、先生に叱られてもあっけらかんと新しいクラスメイトに興味を示し、悩みが馬鹿らしく思えて、気付けば笑っていた。

 漫画の主人公かの如く、狭い世界は彼を中心に回る。こむぎちゃんのイメージは崩れるも、連むとありのままでいられた。加えて放課後にピアノを弾く奥と出会い、独学の知られざる特技に惹かれ、秘密の共有によって親しくなり、少しずつ同性とは離れる。

「ねえ、有馬に声掛けてみてよ」
 学年で最も背が高く、更に射るような眼差しを持ち、口数の少ない、明らかに他と異なるオーラを放つ〈悪役〉。「喧嘩が強そう」「家もすごい」等々、まことしやかに囁かれていた。けれども実は控えめな性格で、大きなギャップが面白い。

 やがて私はヒロイン呼ばわりされる。
「ゾノは運動神経抜群でずーっとニコニコしててモテる、オッくんは生徒会長、しかも眼鏡カッコいい。まあ、アーリー、だっけ? を彼氏にしとけば将来的には安泰だよね」
「もしや初恋まだ?」
 頻りに騒がれる意味が分からなかったが、要はムギを巡って争うライバル、どろどろの四角関係? いつしか絵柄がラブリーに、学園アドベンチャーは恋愛ものに変わってしまった。

 
 男女だから?
 彼らを羨む、私はどこかおかしいのだろうか。違和感が生じた辺りで、確かめるべく相手を選び、そういった対象として見られた途端に〈気持ち悪い〉でいっぱい、とどめを刺される。
「そんな風に友達を傷付けた。かと言って女の子が好きな訳じゃない。家族に打ち明けたら、……病院で診てもらえ……」
 さもなくば出て行け。噂が流れる前に、早い段階で。理解し難い、と。

 
 打ち切り、未来は描けなかった。
「利用したのにどの面下げて。あちこちで勉強しながら迷った挙げ句、男になりたくもなかったの。じゃあ何者?私だよ。考えの違いも受け止めよう、と。今は」
 ムギの告白に衝撃を受け、アドリブができない俺は咄嗟に俯いて、履き慣れたスポーツサンダルから覗く足趾を眺める。

 恐らくゾノへの謝罪が真の目的、とはいえ〈連載再開〉は有り得るか。最早せいぜい続編だろう。どうすればいいのやら、ひたすら頭を働かせた。

「えっと。まず、教えてくれてありがとう」
「言われても困るよね。願い事が叶うっぽくてさ、次こそはみんなで会えますように!」
 薄月の、晴れぬ心に雨が降る。


★最終話までお読みいただけましたら、幸いです。よろしくお願いいたします。


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