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KILLING ME SOFTLY【小説】20_将来の夢「特になし」

瞬く間にこちらへ視線が集中する。
「どういうことなの?」
「私は母子家庭育ちですが、戸籍の、父の欄が空白でした。つまり母は未婚、恐らく祖父母からは勘当されたのではないかと思います。私には、雑誌の読者モデルとして主に活動した過去があり、最初は母も夢を追う娘を応援してくれたんですけど、私が進路を一切決めずに高校を卒業してしまい……実はこの時点で巣立って自ら生活を送るだけの報酬を得ていたので……私を進学もしくは就職させたかった母とは意見が食い違い、結果的に縁を切られました。やがて、母が携帯電話の契約を解除し音信不通となり、改めて実家に帰ると部屋は既にもぬけの殻どころか住所すら元のまま、言わば消息不明です。しかし今更、彼女を探す気にもなれません。」


辺りが静寂に包まれ、私は俯き、絨毯の模様を見つめた。明らかに深刻な話(重過ぎる)だった。まさに深澤莉里という人間が浮き彫りになる。
「親元を離れてからはモデルの仕事と、片手間で古着屋のアルバイトをしつつ、カメラマンの家に住み着いていました。当時の恋人です。」


反面教師とすべき身近な存在。こちとら必死に踠いて生き延びたのに、皮肉にも随所に似ている部分がある〈クソみたいな人生〉だ。
「そのうちSNSの普及と共に雑誌が廃刊になってしまって、私は仕事を1つ失います。上手く系統を変え別の場所へと、専属に選ばれる子もいれば、他の職業で成功を収め、あとは結婚するなど。例え地位を築けども幸せは一瞬、そういった厳しい業界です。周囲は何かしら次の段階に移る準備を進めていました。でも、常に目先のことしか考えずに何者にもなれなかったのが私、ですかね。」


泣きたくないにも拘らず涙が溢れる。
幾ら悔しかろうとあの頃はおろか昨日にさえ戻れやしないが、仮にタイムマシンを用意されても、私は……。



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