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『満ち欠けワンダーランド』01.台本通り(+ご挨拶)


 
 映画の予告編を観ることが趣味の一つだ。
 ジャンルは問わない、誰かの人生を垣間見たり、何かになりきって、〈おいしいところ〉の詰め合わせだけ楽しんで、鑑賞した気分を味わう。どうも集中力がなく、また、全編通してしまうと自分との差を思い知らされる。
 漫画も然り、作られた煌めきがやたら眩しく感じて、フィクションと分かっていながら有り得ない展開にツッコミを入れる、純粋な少年はいつの間にか歳を取った。


 しかし、前向きに「夏が始まれば良いことがある」と淡い期待を抱き、その結果、胃腸炎を起こして、水すらまともに飲めず、苦しみの最中に幻聴、打ち上げ花火の音を聞くなど、主役が憔悴。元よりここ数年で半強制的に舞台を降り(即ち職を失い)、過干渉な親に故郷へ呼び戻され、このままではかつて逆らった、会社を継ぐ羽目になる。
 鈍る判断力、母の憐れむような表情を見る度に心が死んで、相応しい台詞を探す。生ぬるい立ち位置で下手な芝居を続け、世界から切り離された後は徐々に退化していく。当然だが、意中の人と出掛けるシーンはなかった。


 拉げた歯磨き粉を絞り出してまだ使える、こちらと同じ。
 病的に痩せ細った長身、寝ても消えないクマが鋭い瞳の下に住んでいる。故に鼻や唇の印象は薄く、相手に怖がられやすい。仏頂面をやめろと言われても、上手く笑えなかった。
「アーリーがいいやつだってのは、喋ればすぐ分かるのにな」
 ふと脳裏を掠める。向かい合わせに座り、漂う惣菜パンの匂い、校内放送で流れる曲を聴いて、昼休みは毎回大騒ぎした。中学時代のクラスメイトがアーリー、つまり有馬にとって一番の理解者だった、とは何を今更。

 眼鏡が似合う、穏やかで優しい(オッくん)と、底抜けに明るくてスポーツ万能な宮園(ゾノ)、そして、異性と遊んでばかりのこむぎ(ムギ)。何かと目立つ彼らに好かれ、脇役Aは無敵のヒーローだと勘違いする。
 それぞれ別の道を歩み、卒業以降も少しは付き合いがあったけれど、進学や就職で各地へ散らばるうちにSNSでの繋がりが切れてしまった。


〈調子に乗った登場人物は死にがち〉。あらゆるストーリーから学んだにも拘らず愚かで、実家に帰った俺を、喜んで迎えてくれたのは愛犬のみ。嬉しい? ありがとう、泣けてくる。
 若者が少ない自然溢れる田舎、早朝の散歩時はいつも話し掛けられて、必死に有馬さんちの息子、というキャラクターを演じた。
「やっぱり家族思いだわ。これ持っていきな、あれも」
 厚意を受けて両手が塞がり、戸惑いつつ引き攣った笑顔を作る。正直、B級の現実から逃げたくとも。

 
 18歳の春。なんだかんだと理由を付け、説得の末に生まれ育った嫌いな町を飛び出したが、母親は一人暮らしのマンションを頻繁に訪れて世話を焼いた。
「パパが、子離れしろとか怒るの。もう、信じらんないでしょ」
 父の意見が正しいとしか考えられなかった。愛情ではなく、……そっと顔色を窺い、諦めて頷き、気持ちに寄り添った振りをする。

「私はね、あなたが心配なのよ。ほら、ちょっと変わった、お友達のこむぎちゃん? いきなり高校辞めて東京行っちゃったし」
「うん」
 お願いだから放っておいてくれ、ムギがどうであれ、俺は。
 
 本音を新鮮な野菜スープと共に飲み込んだ、あの頃。まさかの惨めな未来も、先日までの体調不良により、改めてありがたみを感じた、ところが、
「ああ、可哀想に!」
 言葉とは裏腹の、口元に浮かべた笑みで戦慄が走った。


 身近な存在が最も危険かも知れない。
 懐く犬、つけっぱなしのエアコン、錠剤、伸びた髪、仕事は手伝う程度、周囲も親切、食卓に並べられた素晴らしい料理、いざとなれば救われる、恵まれた環境の全てを疑い、部屋に籠ってスマートフォンを弄る。検索ワードで現れたチェックリストに悉く当て嵌まり、距離を置きましょう? 悩みは解決しなかった。

 さておき〈13年ぶりの特別な満月〉が話題のようで、画面をスクロールさせると思い出が蘇る。冬休みに天体望遠鏡(※ムーングラス使用)を買ったオッくんに誘われて集まった夜、保護者付き、寒がるムギとゾノの歌声がうるさく、俺はマフラーを握り締めて、吐く息が白いのにどこか温もりに包まれた。


 約束、を覚えているだろうか。
 たとえ連絡を取っても返事が届かない、もしくは未だに昔の友人に縋って云々、余計な考えで「会おう」を断り疎遠に、恥を捨てられず、仲間が帰省した際にも居留守を使い、こそこそと過ごす本当にカッコ悪くて甘ったれた男の希望、ベッドから起き上がる。
 制服やら教科書がなくなれば共通点も減った。逐一レビューしてはスポットライトを浴びた、リテイク不可能な過去に囚われる。


 写真撮影の為に、と伝えて向かう先は名所ではない、ただの公園、とんだ平日ワンダーランド、照明不足、暗がりにて虫がセッションを始める、古寂びたベンチに座るは、

「ひゃっ! うーわ、ごめん、お化けかと。遅いよ」

 来る訳がなかった、全身真っ黒な服装のムギ。


★1年ぶりの連載小説です。いつもありがとうございます。体調不良を境に筆が進まなくなり、ご心配をおかけしました。ここに思い浮かんだ言葉を使う、と休みながら書いて、原点キリングミーソフトリーから今日まで、投稿する瞬間のドキドキは変わりません。この主人公は成長します、どうかあなたに届きますように。

(CHAMELEONは?→続ける)
2022年10月28日にnoteを始めて、ようやく感覚を取り戻す、無色透明な存在。

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