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KILLING ME SOFTLY【小説】60_天使とスーツケース


やや丈が短めなカーテンの隙間から漏れる光によって目を覚ます。
ようやく師走を迎え、一層冷え込む日曜の朝。
美弥はまだ寝息を立てており、私を〈家に泊まらせてくれた〉せめてものお礼にと台所を借りる。
睡眠を妨げないよう足音を忍ばせて料理をしたつもりが、忽ち卵の焼けた匂いが部屋に漂えば、彼女はとても喜んでこちらに駆け付けた。


昨晩楽しんだ鍋の残りをスープにアレンジして持ち寄った具材はサラダへ、バタートーストにスクランブルエッグを添え、彼女と向かい合わせで食事する。
「誰かとご飯食べるのって幸せだね、1人暮らしだと適当に済ませちゃうし。」
「え、待って。今それ、美弥も考えてた!」
どちらからともなく微笑んだ。


心なしか温かい雰囲気に包まれた朝餐を終えると、
「お願いがあるの!莉里ちゃんの髪の毛弄らせて!」
と美弥に言われ私が化粧を施す間のヘアセットを彼女に任せる。柔らかに広がるメイド風の古典的なワンピースを着て、瞳には鼠色のカラーコンタクトを付け、人形のように血色感を出さずどこか妖艶なメイク、髪を緩く巻き全体を捻り編み込み、襟足を見せる形で纏めたなら普段とは異なる独特のオーラを放つ深澤莉里に大変身を遂げ、私を迎えに来た千暁が一目で惚れ直した。


美弥は別れ際に白い百合の花を用いたピアスを私に贈る。ハンドメイドも趣味らしい。
また絶対会おうねと名残惜しそうに手を振る美弥の姿を見て、
「いつそんな仲良くなったの。」
千暁が首を捻りながらアクセルを踏む。


「アキくんには内緒だもん。」
車は東京寄りの方面へ走り出してこの1週間、私が相棒としたスーツケースは後部座席に身を潜めていた。

途端に〈生まれ育った町へと帰る〉〈元気で〉などと歌う曲が流れる。聴き慣れた筈のフレーズが、やけに響くのは何故だろう。



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