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タイサル!第37話「第2の調査地開拓なるか!?お隣さんの視察調査の話」

みなさんこんにちは、ポンコツ研究員の豊田です。今年も残すところあと半月余り...見事になんの進展もない1年でした...というよりも、もうコロナが始まった2020年くらいから時間がストップしてしまっている気分です。もう2年ほど、研究もストップしたままです。色々ともうダメですかね...あきらめモードです。そんなんで急に2022年ですと言われても「は?」って感じです。

さて、今週のタイサル!は、私の調査地から一番近い場所に生息するお隣さんのベニガオさんたちに関するお話です。


ベニガオさんは2箇所にいる!?

私の調査地の正式名称は、カオクラプック・カオタオモー保護区といいます。実は、この名称には2つの場所が含まれています。

1箇所目がカオクラプック。

2箇所目がカオタオモー。

そして私の調査地の方はカオタオモーの方です。

つまり、もう一箇所、カオクラプックというベニガオさんがいる場所が、この近くにあるということなのです!!


これは視察に行かなくてはなりません。

というわけで、博士研究を始めた初期は、このカオクラプックにも何度が出向いたことがありました。


カオクラプックのベニガオさんを求めて

2つの場所をひとつにまとめて保護区に制定しているのだから、さぞかし近くにいるのだろう、と思った私は、職員のおじさんに「カオクラプックに連れてってくれ!」とお願いし、バイクに乗せてもらって現地視察に行くことにしました。

場所を聞くと、遠くを指差し「あっちにあるよ」とのこと。

よくわからないけど、とにかく行くぞ!と出発しました。


バイクで走ること5分。まだつかない。

10分経過。遠くないか?

サトウキビ畑が延々と広がる道を行き、小さな小学校を通り過ぎ、15分経過。

なんか指差してた方向と全然違う気がする...

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到着してみると結局片道20分の道のりでした。遠い!


カオクラプックの様子

カオクラプックもカオタオモーと同様、石灰岩の山の麓にお寺がある場所でした。エリア的にはこちらのほうが、かなり狭い印象です。

しかし待てど暮らせどサルたちに出会うことはできず。

お寺のお坊さんに話を聞いたところ、「早朝か夕方にたまに出てくる。托鉢の残りをあげることもある」とのこと。

一応、ここにもいることは間違いないらしい。


待ちます。


出てくるまで待ちます。


待ちます...


いない...


全然出てこないじゃんか!!



仕方ないので山をぐるっと登ってみます。

小さな山なのですぐに偵察できたのですが、サルの声すらしない...


でもお寺の境内にサルの糞があるので、いることは間違いない。

間違いない...



い、いた!!サルだ!!!


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あれ...これは...カニクイさんですねぇ...ひとりオスですかねぇ...



ベニガオさんいないじゃん... 



結局この日は出会うことができず、撤収です。

お坊さんに電話番号を伝え、「サルが来たら電話ください!」と伝言を残すも、いつまで経っても連絡はなく。後日再びお寺に行って様子を聞くと「昨日はいたよ」と言われる始末。電話してって言ったじゃん!てかホンマにちゃんとサルなんかそれ?犬とちゃうんか?

ここの坊さんは頼りにならない...というわけで、この後もチャンスを見ては定期的に視察に来ることになります。


初対面!

通うこと数回、ついに、カオクラプックのベニガオさんに出会うことができました。

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しかし、とにかく人に慣れていない...

個体数をカウントしようと姿を見せただけで、みんな一斉に森の中に逃げ込んでしまいます。

仕方がないので、お寺の建物の物陰に隠れてサルが出てくるのを待ち、遠〜〜くから望遠で写真を撮影することに。

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数えてみると、十数頭しかいません。すごい小さな集団です。狭い地域で、細々と生き延びている集団のようです。個体も高齢個体が多く、立派な白髪が生えた子が目立ちます。

あまりにも警戒心が強く、ちょっとやそこらでは人付けはできなさそうです。屋久島で初めてヤクザルの人付けに成功した我が師匠の苦労を実感します。

これでは全く話にならん!ということで、落ちている新鮮な糞からDNAだけ採取して、お寺を後にしました。

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怪しい情報がネットに...

気になって調べていると、ネット上に怪しい記事を発見しました。

2014年頃、ベニガオザルの集団を捕獲したという、某動物愛護団体の記事が。場所的には、まさにこのカオクラプックの集団で間違いないようです。

その団体のウェブサイトを見ていると、どうやらその団体が管理する放飼場に、ベニガオザルを放しました!みたいな記事も出ています。

うーん、これは...

調査地のおじさんに聞いてみると「それは違法な団体なんや」とのこと。この「違法」が、マジの違法なのか、タイの野生動物保護局との間に軋轢があるという意味なのかはわかりませんが、欧米人が経営していて、色んな動物を捕まえては飼育しているようなのです。


そういえば...と思い返すと、こんな事がありました。

ある日、セブンイレブンに買い物に連れていってもらったときのことです。

町中なのになぜかシロテテナガザルの声が聞こえたのです。

おじさんに「近くに動物園でもあるの?」と聞くと、「悪い団体が飼ってる」と教えてくれたのでした。すぐ近くだったので様子を見に行くと、周囲はフェンスで厳重に囲われていて、あちこちにセキュリティカメラがあります。野生動物保護局の制服を着ているおじさんが近づいた瞬間、ゲートが締まりました。

おじさんは「カメラでこっち見てる。野生動物保護局の制服を警戒してる。へへへ」といって、自慢げな顔をしています。

うーん、闇が深い...

私はバッチリ調査着を着ていながら観光客を装い、大きな池に浮かぶ島々に隔離されているテナガザルたちの写真を数枚撮って、帰ってきたのでした。


そうか、ここのカオクラプックの集団は動物愛護団体に捕まってしまったんだ...

だから捕獲を逃れた一部の個体は人間を極度に警戒してしまっているんだ...

すべてが腑に落ちた瞬間でした。

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超白髪のおじいちゃんオス。THE・山の神という感じ。モンハンに出てきそうな雰囲気すらありますね。もっと近づけたら良い写真が撮れたんですが、この場所ではこれが限界でした。


保護と保全の難しさ

カオクラプックの集団が捕まってしまった経緯はよくわかりません。しかし、すくなくとも、そこに生息していたベニガオザルたちは野生動物保護局の管理下にあったはずです。なぜこんな事になってしまっているのか、不思議です。

この団体の素性は私にはよくわかりませんので、良し悪しを判断することは避けます。

しかし、自前の放飼場で保護したのであれば、適切に飼育・管理している限りにおいては、まだマシな方だと言えます。推奨はされませんが、「まだマシ」です。

中には、ある地域から捕獲してきて、別の地域に放すということを平気でやる団体がいます。彼らは「より広くて安全で豊かな環境を提供してあげた」と主張します。しかしこれは生物学的には間違った行動です。

それぞれの地域に生息する集団は、同じ種であっても、個々に地理的に特異的な遺伝構造を持つことが知られています。同じニホンザルでも、青森県の下北のニホンザルと、宮崎県の幸島のニホンザルでは、遺伝的特徴が異なります。それぞれの地域に適応しているからです。

例えば下北のニホンザルを「寒そうでかわいそうだから」という理由で、暖かい屋久島に連れていったらどうなるでしょうか。下北特有の遺伝構造を持つニホンザルが屋久島にも「人為的に」出現することになります。そして、もともと屋久島にいた亜種のヤクザルとも交雑してしまうでしょう。自然の地域集団が、人間のせいで遺伝的にめちゃくちゃにされてしまうことになります。


生息地が破壊されているから、狭くて可哀想だから...

言い分はよくわかります。可能であれば、よりよい環境にお引越しさせてあげたい気持ちもよくわかります。移住先でより長く生き延びてくれるのであれば、あるいはより豊かな環境で個体数が増えてくれるのであれば、それは良い事のように見えます。

しかしそれは科学的には大きな間違いです。

本当に動物たちのことを考えるならば、「彼らが元々いた場所を住みやすくしてあげる」ことが保護保全の基本です。

とっ捕まえて移住させればいいという話ではありません。


残念ながら、カオクラプックのベニガオさんたちは、元いた場所では絶滅の危機に瀕しています。その系統が他所で生き延びていることは幸いですが、その系統が自然に帰ることはないでしょう。彼らにとってそれが本当の幸せかどうかは極めて怪しいです。



こうして、私の研究のひとつ「地理的隣接集団との比較」というテーマはボツになりました。

もしかしたら、昔はこの地域集団と私の調査地の集団との間には遺伝的な交流があったかもしれません。それが絶たれてしまった今、調査地の集団には外部から遺伝子が入ってくることはなくなってしまいました。この影響は、長い期間を経て、調査地の集団に影響を与えていくことでしょう。なんともやりきれない思いです。

なんとか、カオクラプックの集団の個体数が回復して、その地域で順調に増えてくれることを願うばかりです。


しかし、地域間比較の夢を諦めたわけではありません。

タイにはもう一箇所、以前南北調査で訪れた、南部・ナコンシータマラート県に有力な場所があります。いつか、この地域に住むベニガオさんたちとの比較に取り組みたいと思っています。

そんなこんなで、タイであれやりたいこれやりたいと考えつつも、いつまで経っても収束しないコロナのニュースを見ては絶望している、豊田でした。

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced
第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d
第15話「タンブン行為で私が心配していること」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd1360f5568af
第16話「タイ生活の必需品、プラクルアンとは?」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n6bcc5b875bb5

タイ南北調査特集はこちらから↓
第17話「南北調査シリーズ開始&YouTubeチャンネル開設のお知らせ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ncab1c13b6bf9
第18話「南部調査その①:Puckerを拝みに...キタブタオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5d3df0969439
第19話「南部調査その②:白いメガネが印象的!ダスキールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na32091a5b055
第20話「南部調査その③:見慣れたサルのはずなのに...ベニガオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n3488e5942c1a
第21話「南部調査その④:アナタどこにでもいるわね!カニクイザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n219720155be3
第22話「北部調査その①:黄金の赤ちゃんを求めて〜ファイヤールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndeb079c8825c
第23話「北部調査その②:ガイコツの隣でうんち拾い...アッサムモンキー編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/naf23f701a677
第24話「南北調査おまけ:噂のココナッツモンキーを求めて−モンキースクール編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfb50e551aa1a

第25話から調査地シリーズに戻ります↓
第25話「年に一度の風物詩!コウモリ集団飛翔の撮影秘話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n0b4911b372e2
第26話「気づけば部屋が虫だらけ!マレーンマオ大量発生の悲劇」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n264fade216ea
第27話「思い出いっぱい!タイで購入したmy冷蔵庫の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n071966d6f39a
第28話「クリスマスにひとりで死にかけた話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nead29459b1db
第29話「調査地での同居人・チンチョッとの日々のあれこれ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nab48db873ca1
第30話「30回更新記念:タイサル!シリーズの振り返りと今後について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd7f4df7fdc46
第31話「雨の日の定番!カエルの唐揚げができるまで」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n46e0aa051425
第32話「ベニガオザルの噂の真相」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndde380f51a93
第33話「担当イラストレーターさんとnoteコラボやオリジナルグッズ誕生について対談してみた」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n2d34def8697b
第34話「調査地を思い出すタイの歌ー独断と偏見で選ぶ私的25選」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n95cddb7e6dfb
第35話「11月といえば!タイの恒例行事、ロイクラトンの話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n2999bc1434a5
第36話「調査地の山に眠る黄金の仏陀像を拝みに行った話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5f6521ee811

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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