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タイサル!第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」

みなさんこんにちは。調査中断が長引いてすっかり写真撮影の腕が鈍っている自称写真家のしがない研究員の豊田です。

今日はタイの仏教文化とサルたちの関係についてのお話です。

以前カニクイザルの回でも書きましたが、タイのお寺にはサルたちが住んでいることが多々あります。タイに限らず東南アジアの仏教国では、サルと仏教寺院の関係は非常に深いです。

今日はそんなサルたちと仏教国ならではの事情のお話です。

仏教国・タイのお寺とサルたち

タイは人口の約9割が仏教徒とされています。国内各地に仏教寺院が点在し、その数は実に40,000を超えるとも言われ、サルが住みつくモンキーテンプルと呼ばれる寺も数多く存在します。サルがこうした寺に住み着く理由は、僧侶が托鉢で得た食糧の残りをもらったり、仏教徒がサルに野菜や果物を持ってくるなど、いわゆる「餌付け」によるところが大きいのではないかと思います。

仏教的に、動物に食べ物を与えることは善行のひとつとされ、徳を積む行為と思われています。こうした寄付行為をタンブンと呼びます。お寺に来た信者がそこでサルを見つければ、様々な食べ物を与えます。そうしてサルたちがその場所に居座るようになっていきます。

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僧侶からピーナッツをもらうサルたち


タンブンがサルたちに与える影響(一般論)

仏教的には餌付けは善行かもしれませんが、科学的視点から見ると、良いことばかりではありません。

例えば、過剰な食料供給はサルたちの栄養状態に大きく影響を与え、高頻度の出産やアカンボウの低死亡率化などによって人口増加率の不自然な上昇の引き金となります。本来その環境で生きていける以上の頭数のサルたちが生まれ育つことになり、さらなる食料供給を必要とします。

また、急激な頭数増加は群れの分裂と周囲への拡散を招き、猿害の原因となってしまったりします。ヒトとの接触になれたサルは、だんだん人間から食料を奪うなどの行動に出やすくなったりします。

ヒトからの食べ物に依存してしまうと、野生本来の採食行動が見られなくなってしまったりします。野生での採食レパートリーやアクティビティバジェットの研究をするには不向きになってしまいます。


餌付けは悪か?

学問上、餌付けがある集団は非自然的環境にあるとみなされ、研究の価値に影響することもあります。私の調査地のサルたちも、彼らは野生動物なのですが「純野生」ではなく「準野生」ないし「餌付け群」という注釈をつけなければならないこともあります。面白い行動を見ても「でも餌付け群でしょ?」と一蹴されることもしばしばあります。

それでも私は餌付けを禁止すべきとは思っていません。餌付けを悪とみなすのはあくまでも科学的事情であって、その地域に住んでいる人たちにはその人達の文化があります。仏教的信仰心から動物に餌付けするのもタイ人の文化だし、その環境の中で昔から生きているサルたちにとって餌付けは自然要因のひとつでしかありません。

例えばロッブリーのカニクイザルのように、過剰な餌付けはヒトにとっても、またサルたちにとっても不幸な結果を招くことになるため、ある程度の制限は必要だし、餌付けの影響を説明することは科学者の責任だと思います。ですが、少なくとも、外国人研究者が外から禁止を訴える問題ではないと、私は個人的には思っています。


調査地のサルたちと仏教的文化

私の調査地でも近くにお寺があり、サルたちの遊動域の中心地点になっています。托鉢で得た食料の残りをもらったり、お参りに来た地元住民から餌付けされることもあります。また、地元の農家が頻繁に野菜や果物などをタンブンしに来ます。

餌付けによる個体数増加などの影響を受けていますが、ベニガオザルも絶滅の危機に瀕する種のひとつです。私の調査地のサルたちは地理的孤立群であり、タンブンによる食料供給がなければ消滅してしまうかもしれません。特に森の中の食物が少ない乾季には、タンブンでもらう野菜や果物は貴重な食料になっています。悪影響もありますが、彼らにとっては救いでもあります。

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タンブンでナスをもらったサルたち。

ただし、私自身は調査地では餌付けをおこなうことは一切しない、というルールは守って調査をおこなっています。サルが私に餌付いてしまうと、私の後をついてまわるようになり、自然な行動を観察できなくなってしまうからです。私はあくまで「毎日尾行してくるけど無害なヤツ」に徹するべきで、「ごはんをくれるヒト」になってはいけないのです。


地域住民との共生を支える仏教観

仏教的文化や考え方が現れるのは、直接的な餌付けだけではありません。

この調査地にはパイナップル畑が隣接しています。ここにサルが度々やってきて、パイナップルを食べます。サルと一緒に現場にいる私は、農家さんに見つかったら僕まで怒られるのでは?と心配になることもありますが、様子を見ていると、どうもそうではないらしいことがわかってきました。サルたちがやってくる方角の周縁部は、パイナップルが植えられているにも関わらず、手入れはされず放置されているのです。

どうやらここは緩衝地帯になっているようです。サルたちがその緩衝地帯内でパイナップルを食べて満足すればそれでよい、という考えのようです。これもある意味、間接的なタンブンなのかもしれません。

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パイナップルを”収穫”してきたサルたち。


キャッサバ畑での収穫も同様です。キャッサバは芋のような野菜で、収穫時には地面を機械で掘り返すのですが、根こそぎ収穫するのではなく、小さいものや傷ついたものはそのまま放置されます。そこにサルたちが来ておこぼれをもらう様子を、農家は遠巻きに見守っています。

日本では畑を荒らすサルに向かってエアガンを撃つ農家の話題がニュースになったりしますが、タイでは持ちつ持たれつの共生関係が自然に成立しているように思います。もともとサルたちの生息地を破壊しているのは人間なので、それぐらいの”補償”は当然だと、個人的には思うわけでありますが。


続きはまた次回、餌付けによる研究への影響以上に私が心配していることを書きます。

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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