私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
みなさんこんにちは、豊田です。
今週は国際マカク週間ということで、番外編企画を配信します。
ちょっと堅苦しい内容ですが、テーマは「ココナッツモンキー」です。
タイでは一時期、ココナッツミルクのボイコット運動が話題となっていました。
その発端は、People for the Ethical Treatment of Animals (PETA)という動物愛護団体の告発を報じたロイターのニュースだったと記憶しています。
ココナッツの収穫にサルが使われており、これが搾取と虐待だというものでした。
本稿では、野外でサルを研究する者の立場から、この愛護団体の告発の内容に関する科学的論考を試みるとともに、私なりの問題提起をしてみたいと思います。
8000字を超える長文なのですが、どうかお付き合いください。
どこかの原稿で使えるかも、と書き溜めていたものなのですが、その後活用の場がないので、ここで公開しようと思います。
まずは、この告発の背景にある「ココナッツモンキー」文化、つまり、ココナッツの収穫にサルを用いる習慣の紹介から始めたいと思います。
ココナッツモンキーの歴史と研究
そもそもサルをココナッツの収穫に用いる文化の歴史については、ネットレベルでは400年とも言われますが、論文レベルでは少なくとも1919年までは遡ります。
La Rue, C. D. (1919). MONKEYS AS COCONUT PICKERS. Science, 50(1286), 187–187. doi:10.1126/science.50.1286.187
このScienceに報告された短い記事の中で、「インドネシア・スマトラ島のマレー人とバタック人が、ココナッツの収穫によくサルを用いる、そのサルは学名をMacacus Nemestrinus、英語でcoconut-monkeyと呼ぶ」と書かれています。Macacus Nemestrinusは現在Macaca nemestrinaの学名で記載されているミナミブタオザルのことです(ちなみにブタオザルはミナミブタオザルの他に、キタブタオザルMacaca leoninaという別の種がいます)。
訓練されたココナッツモンキーは商業的価値も高く、一頭$8.00-20.00で取引され、これはペット用サルの価格よりも高いと書かれています(当時の$1.00は現在の価値で換算すると$25.00相当だそうです)。最後に、サルたちは非常に強く、隙があれば噛み付く野蛮なサルだと付け加えられています。
この論文以降、ココナッツモンキーに関する報告がいくつか科学雑誌に載るようになってきます。
サルにココナッツの収穫技法を訓練する訓練過程は、実は行動学的に興味深い研究対象となり得ます。動物にこうした複雑な操作を教える訓練法は、その動物の認知能力によって大きく異なるからです。また、人間の言葉は通じませんので、作業手順を教えるには相当のコツが必要になります。
ココナッツモンキーの訓練法を報告する論文が出版されています。タイにおけるココナッツモンキーの訓練の詳細は以下の論文で詳しく紹介されています。
Bertrand, M. (1967). Training without Reward: Traditional Training of Pig-Tailed Macaques as Coconut Harvesters. Science, 155(3761), 484–486.
ちなみにマレーシア流の訓練法のまとめも報告されています。
Ruslin et al. (2017). Monkey school: Training phases for coconut-picking macaques (Macaca nemestrina). Malayan Nature Journal, 69(4), 301-306
今回はタイでのココナッツモンキーが争点なので、Bertrand(1967)の論文から、重要な記載を抜粋します。
まず、この論文の中で今回の件と関連する重要な点は、サルに対する懲罰の提示は、サルとトレーナーの間での優劣関係を確定させる初期の段階において用いられることを記載している点です。訓練の最初期においては、確かに、サルに対し”If the monkey struggles or attempts to escape, he can punish him unbalancing him, choking him, and sometimes also by beating him”と記載されています。窒息させたり叩いたり、という行為は、身体的苦痛を与える体罰ですので、これを指して「虐待」と言われれば、それは正しい指摘と言えます。
しかし、こうした懲罰は、サルがココナッツの収穫技法を習得後は、トレーナーが新しいオーナーにサルを引き渡す際の新規関係樹立時以外には用いられず、むしろ懲罰の使用は極力避けるように扱われることも併せて記載されています。ココナッツ収穫に従事する段階では懲罰のような肉体的苦痛を与える仕打ちによって強制的に労働させるということは一切ないということです。
PETAの主張論旨
次に、PETAのウェブサイトの論旨を順に見ていきます。詳細は原典をあたってください。
冒頭から、Were monkeys forced to pick your coconuts?という見出しとともに、恐怖に怯えた若いサルが鎖に繋がれ、虐待的訓練を受け、ココナッツを収穫するために木に登ることを強制されてる、と書かれています。
その後、ココナッツミルクのボイコット運動についての説明が続き、またサルに関する記載が出てきます。
サルは赤ん坊の時期に違法に誘拐され、鎖につながれ、徐々に心を失い、絶望しながら、不潔な場所を永遠とウロウロするようになる、簡単にはそんなような内容です。
続く”Cruelly Trained and Teeth Pulled Out”(残酷なしつけと抜歯)の段落では、サルが自分を防衛しようとすると犬歯が抜かれるらしい、という伝聞情報や、狭いケージに入れられ雨除けのないピックアップトラックの荷台で放置されていた、ケージを揺らして逃げようとしているサルがいた、などなどの目撃例が書かれており、証拠写真らしき画像があります。
”No Tropical Paradise”の段落では、調査員はある農場の労働者から、ココナッツミルクをチャオコー(ココナッツミルクメーカー)に供給していると聞いた、と書いています。また、ブラジル、カンボジア、ハワイの人によるココナッツ収穫法と比較し、とある研究によるとココナッツの熟度が判別できないサルを使うより人間による収穫の方が優れている、と続きます。
最後に、チャオコーに対して、サルを用いて収穫されたココナッツを用いて製品を製造するのをやめさせよう、という主張で文章は終わりです。
検証
では、このPETAの記事の内容を個々に検証してみます。
まず、赤ん坊の頃から虐待的訓練を受けている、という表現は正しいと言えます。Bertrand(1967)が論文に記載しているように、初期は懲罰が用いられるとありますから、現在もその可能性は高いと考えられます。動物の訓練において、特定の行動を抑制するにはネガティブなフィードバックと条件付けることは場合によっては効率的ですが、推奨されるべきことではありません。
しかしPETAの記事では具体的にどのような虐待行為が確認されたのかは記載されていません。調査はモンキースクールで実施されたと書かれていますが、普通に観光客を装いモンキースクールに行ってサルの訓練を見るツアーに参加する場合、訓練されたサルが上手にココナッツを収穫する風景を見せてもらえるぐらいです。初期の非常に難しくコツが必要なトレーニング技術の詳細までは「企業秘密」で見せてもらえないと思うので、ここはもう少し経緯説明が必要だと思います。
また、飼育環境が劣悪だという指摘もありましたが、これも”文献調査から得られる情報をもとに判断”すると、正しいと言えます。以下の論文は、動物福祉の観点からタイのアジアゾウ、ミナミブタオザル、トラの観光客向け施設を評価した研究の論文です。
Schmidt-Burbach, J., Ronfot, D., & Srisangiam, R. (2015). Asian Elephant (Elephas maximus), Pig-Tailed Macaque (Macaca nemestrina) and Tiger (Panthera tigris) Populations at Tourism Venues in Thailand and Aspects of Their Welfare. PLOS ONE, 10(9), e0139092.
この論文では、サルの飼育施設の85.7%で福祉アセスメントスコアが4以下、つまり深刻に不適切な状況にあるのが一般的だ、と報告されています。スコアリングの定義その他詳細はここでは割愛しますが、この論文でも、サルは十分でない広さのケージに入れられたり、常同行動を示す個体の割合が多かったり、ストレス行動と解釈できる行動が多くみられたとされています。
ちなみにこの論文の著者はWorld Animal Protectionという動物福祉の向上に尽力する国際NGO所属のようです。組織の実態は私には判断しかねますが、少なくともこの論文自体は査読システムのある雑誌に受理されているので、科学的客観性は担保されていると言えます。
ただし、きれいか汚いかの主観的な判断には文化差があって然るべきことは書き添えておきたいと思います。
一方で、事実に反するか、あるいは事実か疑わしい記載もいくつかあります。例えば、凶暴なサルに対して犬歯を抜くという対処をするという記載は、ごく一部の極端な例である可能性があります。多くの場合、サルはコドモの段階で訓練され、オトナになる頃にはトレーナーないしオーナーとの間で優劣関係が構築されていますので、その段階になってまで人間を噛むようなサルはおそらくいないだろうと思われます。犬歯の伸長は4-5歳ごろから始まりますが、その頃には訓練は終わっていますから、ちょっと時期が合いません。
木に登ることを「強制される」とあり、これが虐待にあたるという論旨も、事実誤認に近いと思います。訓練されたサルは、トレーナーやオーナーの合図で木に登り、訓練通りにココナッツを収穫し、終わりの合図で降りてきます。訓練され儀式化された行動をとるのに、通常ストレスの負荷はないと考えます。サルが「自ら望んで」労働しているかどうかはサル本人に聞かないと分からない問題ですので、自主的かどうかは議論できませんが、少なくともPETAの記事を読んだ読者が想像するような、鞭を打って無理やり木に登らせる、というような実態はないと考えて良いでしょう。毎回そんなことをしていては収穫効率も悪くなるはずです。
ココナッツ収穫のために木の登り降りをさせられて過酷だというのも、人間の主観的判断です。ミナミブタオザルはそもそも樹上性の強いサルですので、木の登り降り自体はなんてことない動作です。
最後に、サルより人による収穫の方が優れているという研究があるという点ですが、これについては引用文献の提示がないために検証不可能です。そもそも「どういう指標について」「どういう方法で評価した結果」「何が」優れているのかが不明です。
一応付け加えると、単純なココナッツ収穫効率で比較すると、サルたちの収穫能力は人間の比ではありません。モンキースクールのトレーナーへの聞き込み調査の結果が報告されている以下の論文では、オスは1日500-1200個のココナツを収穫するとされています。人間が収穫するより圧倒的な効率と言えるでしょう。
Malaivijitnond, S., Arsaithamkul, V., Tanaka, H., et al. (2012). Boundary zone between northern and southern pig-tailed macaques and their morphological differences. Primates, 53(4), 377–389. doi:10.1007/s10329-012-0316-4
結論と私の立場
ここまでの議論をまとめると、ココナッツモンキーの訓練過程においてサルたちのストレス軽減は考慮されるべき課題ですし、サルの訓練方法も時代の流れとともに、動物福祉の観点から改善すべき点は改善する、という姿勢が求められているのは事実です。しかし実態は、PETAのウェブサイトの文章から読者が想像するほど酷いものではない、というのが、私の印象です。
私は実際にタイ南部スラタニー県にあるモンキースクールを訪れたことがありますが、確かに鎖で繋がれてはいたものの、サルたちはのびのびと飼育されていましたし、飼育エリアもゴミや糞などもなく、きれいに掃除されていました。チュンポーン県からナコンシタマラート県へ南下の道中で思いつきの突撃訪問だったので、取り繕ったものではなく、日常的にきれいにされているのだと思います。さらに、多くの現場ではサルたちの定年は20−25歳と定められ、定年後はマスターの元でゆっくりと余生を過ごすと聞きました。私が訪れたモンキースクールにも一頭、引退したおじいちゃんザルがいましたが、毛艶もよく、家族同然の扱いを受け、丁寧に飼育されていました。一生労働に従事され搾取される存在ではなく、人間の労働制度と同様の仕組みが取り入れられています。
モンキースクール見学の話は、タイ南部広域調査の回でご紹介しようと思います。
個人的な問題提起
ここからは、野生のサルを研究する霊長類学者の観点から、私が重要と考える問題を提起したいと思います。ココナッツモンキーの本当の「闇」は、PETAが言うところの「体罰を伴う訓練」や「過酷な労働」よりも、もっと別のところにあると私は思っています。
先出の論文、Malaivijitnond et al (2012)で、トレーナーに対する聞き取り調査の中で「2歳以上のサルを訓練するのは難しい」という回答を得たことが記載されています。つまり裏を返すと、多くのサルは2歳未満という非常に若い時期から訓練され始めるということです。こんな子ども期のサルを、どうやって入手するのでしょうか。
私が訪問したスラタニー県のモンキースクールで聞いたところ、サルはマレーシアから買ってくると言っていました。自分たちで繁殖させるということはしないと言います。つまりどこかで、「野生由来の2歳未満の子ザル」が売られているというのがそもそも大問題だと思うのが普通ではないでしょうか。2歳未満とは本来であれば母親と一緒に過ごす時期です。もしこのような子ザルが、繁殖施設で生まれたのち母親から引き離されたのではない場合、野生でどのようにしてこんな小さな子ザルを捕まえてくるのでしょうか。
この手の動物の密猟現場でよくやられる一番手っ取り早い方法は、子持ちの母親を射殺して子どもを回収する方法です。こうやって捕獲された子どもが、闇ペット販売店で出回っています。特にサルのように本来「猛獣」扱いの動物の場合、子どもで仕入れないと人に慣れず、管理が難しいというのも大きな理由でしょう。
PETAの記事では、"Many monkeys are illegally abducted from their families and homes when they’re just babies."と書いていながら、最も闇が深く根源的な問題である子ザルマーケットの問題は見事にスルーしています。彼らの利権と関係ないからなのか、理由は定かではありませんが、ココナッツモンキーを動物虐待だ、搾取だと主張するのであれば、この点はもっと深く調査し実態を暴かなければ、議論は片手落ちだと思います。
もちろん、私自身が現場を調査したわけではありませんので、現在いるココナッツモンキーは全て母親を射殺して回収されたコドモたちであると断言するつもりはありません。しかし、その手段の如何を問わず、マレーシアの野生個体を捕獲しタイで訓練するという実態は、生物学上いくつかの問題点が指摘できます。
例えば、
問題①:ココナッツモンキーとしては体格が大きく体力もあるオスが好まれるため、オスの子どもばかりが集中的に捕獲され、マレーシアの地域集団から取り除かれることになります。結果、オスメスの比率が撹乱され、また次世代を残すオスにも偏りが生じ、遺伝的多様性を損なう恐れがあります。
問題②:マレーシア由来の個体をタイで飼育し、万が一脱走したり、タイ産の自然遊動個体とマレーシア産の飼育個体の接触によって子どもができたりした場合、地域の遺伝的特性の毀損、遺伝子撹乱、異種交雑など、様々な問題が生じ得ます。
などなどです。
提言〜ココナッツモンキー文化の継承のために〜
人間と動物の関係は、多岐に渡ります。家畜化、愛玩動物化、使役動物化、いろいろあります。地雷を除去するという命の危険を伴う業務に就くネズミは偉大で、ココナッツを収穫するサルは搾取されている弱者的存在なのでしょうか?ココナッツモンキーの文化も、人間とサルの貴重な関係性のひとつであり、ミナミブタオザルという非常に賢く体格に恵まれたサルがいるアジア地域特有の文化です。後世に継承すべきと私は考えています。ただし、いくつか変えていかなければならないことがあるのもまた事実でしょう。本稿の締めくくりとして、以下の改善点を提言としたいと思います。
・タイで働くココナッツモンキーはタイ産個体にする
タイにもミナミブタオザルは分布しています。タイで働くココナッツモンキーは、マレーシア産ではなく、タイ産であるべきです。
・繁殖施設を作って安定的に供給する
野生個体を捕獲してくることは地域集団にとっても生態的悪影響が大きいので、ココナッツモンキーの繁殖施設を作るべきでしょう。人間が使役動物として用いるなら、人間の責任において自分たちで適切に繁殖させ、モンキースクールへ提供すべきです。
・動物福祉的観点から適切に飼養する
自然状態では群れをなして生活しているのが本来の姿。仲間とケンカしたり、毛繕いしたり、じゃれあったり...そういう行動が一切なく、個々に鎖に繋がれポツンと暮らしているのは、確かにかわいそうです。訓練個体も労働個体も、普段は大きな飼育ケージ内で複数個体と自由遊動で社会交渉可能な環境で生活させてあげる工夫は必要でしょう。ココナッツを収穫させる技術を訓練できるのですから、合図でそれぞれの個体を順番に連れ出す訓練も可能なはずです。
本稿は以上です。
皆様それぞれのお立場からいろいろな意見をお持ちだと思います。本稿はあくまでも私論(私個人の意見と見解)ですが、これが世界のマカクたちの現状についてもっと知る契機となってくれたら幸いです。
次回は、これまたタイでなにかとお騒がせニュースの的となるロッブリー県のカニクイザルに関するコラムを配信しようと思います。こちらもお楽しみに。
注意:本稿はあくまでも私論です。第三者による事実確認の精査を受けたものではありません。また、全ての情報について網羅的に精査されているものでもありません。事実関係や科学的に誤っている箇所がある場合にはご指摘ください。
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