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タイサル!第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」

みなさんこんにちは、調査再開の目処が立たず研究のやる気が激ローのヒヨッコ研究員の豊田です。

前回は個体識別の序盤、写真による識別整理のお話をしました。今日はその続きです。

写真で判断できるだけでは不十分で、実際に実物を見てその場ですぐに識別できるようにならなければなりません。これがまた、大変な作業なのです。

■毎日同じ個体に会えない

私の調査地には、サルの群れが5つ生息しています。その日、どの群れに出会えるかは運次第。今日出会った群れに次会えるのは1週間後、なんてこともザラです。この不規則さが、個体識別最大の壁でした。

毎日同じ群れを観察できるのであれば、1頭ずつ順番に覚えていけば簡単です。記憶にも残りやすく、識別速度も精度も上がります。しかし、次に同じ群れに会えるまでに間が空いていて、なおかつその間に別の群れの個体識別を進めないといけないとなると、情報が混乱します。

私は群れごとに整理した写真アルバムをPDF化し、スマホに入れて調査に持っていっていました。現場で、まず、出会った群れが何群なのか判断します。そして目の前にいる個体を識別します。そしたらPDFを見て答え合わせをし、間違っていたら識別特徴を探します。トライ・アンド・エラーの繰り返しです。


■ストレス極まり悪夢にうなされる日々

個体識別は、その作業だけで途方も無い数の写真を見比べ、現地では識別訓練を繰り返す、終わりの見えない仕事で相当に疲弊します。写真が増えれば増えるほど、追跡日数が増えれば増えるほど、どんどん情報が集まってきて、識別ミスや勘違いが次々と発覚するようになってきます。調査初期の識別期間中は個体分類に相当な時間を要し、睡眠時間はほぼなくなります。

しかし、私の目的は個体を識別することではなく、データを収集することです。つまり、個体識別はいわば調査の前提条件なわけです。いつまでも個体が識別できないと、一向に行動が記録できません。全く仕事にならないわけです。なので、1日も早く識別を完了させなければいけません。

このプレッシャーは相当で、だんだん悪夢にうなされるようになりました。


よく見る夢①みんな同じ顔になる

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夢の中でサルを追いかけながら識別を頑張っています。

でもふと気がつくと、目の前のサルの顔がみんな同じなのです。

全くの瓜二つ。

誰が誰だかわからなくなった私は、パニックになります。

...そこで目が覚めます。


よく見る夢②みんな顔がない

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①のバリエーションです。

ふと気がつくと、サルの顔がみんなのっぺらぼうになっています。

誰が誰だかわからなくなった私は、パニックになります。

...そこで目が覚めます。


こんな夢を見続け、一時間ごとに目が覚めるなんてこともザラでした。

■急にブランクに陥る

悪夢でなくても、実際に観察中、「顔の特徴が全く掴めなくなる」ということがしばしば起きます。

完全にゲシュタルト崩壊状態に陥ります。

それは、だいたい群れの7〜8割位までわかるようになってきた頃に起こります。昨日までわかっていた個体が、急に識別できなくなるのです。写真を見ていても、なんだか別の個体のような気がしてきます。自分の識別が正しいかどうか、とても不安になります。

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誰も正解を教えてくれないので、自分を信じるしかありません。悪夢にうなされても、ゲシュタルト崩壊を起こしても、意地でも続けなければなりません。

結局私は全頭完全識別に2ヶ月の時間を要しました。今では後ろ姿を見ただけで、誰かわかるまでになっています。


■愛情を持って、諦めないこと

個体識別は苦行ですが、楽しいこともたくさんあります。

名前をつけてだんだん識別できるようになると、徐々にその子の個性が見えてきます。

歩き方、座り方、仕草や癖、好きな場所、他の個体との関係などなど...

個性がわかると、その子の可愛いポイントがたくさん見つかるようになります。

そうして、私の識別ポイントはいつしか、「顔の模様」「傷」「毛色」といった具体的な情報から、「この仕草」「この鳴き方」「このかわいい顔!」といった印象情報にどんどん置き換わってしまいます。

そうなってきたら、個体識別ができるようになった証です。

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あとは、その子の可愛さを最大限に引き出せる写真を撮るのみです!

...いえ、ちゃんとデータを取るのみです!


諦めずに頑張れば、その先に、全く違うサルたちの生活が見えてくるのです。


次回は私が黒澤くんとかモドキとかなんとか言っている、サルの「名前」の付け方についてご紹介します。

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab


番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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