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タイサル!第32話「ベニガオザルの噂の真相」

寒さで死にかけの変温動物研究員の豊田です。

今週は、「ベニガオザルの噂の真相」と題して、ベニガオさんにまつわる噂の解説をします。

ネットではいろんな情報が出回っているベニガオさんですが、今週は特に「ハゲ」と「平和主義」について解説します。


ベニガオザルはヒトと同じようにハゲる

ベニガオザルは、可哀想なことに、巷では「ハゲるサル」として有名です。

個人的な見解を述べますと、禿げているサルはダントツでウアカリ一択です!

これをハゲと言わずしてなんと言う。これをハゲと言わずして、ベニガオさんのどこがハゲなのか!

とまぁ、小学生レベルのハゲ論争をしても仕方ないので、ここでは冷静に科学的に解釈して考えましょう。

この噂にはいくつかのバリエーションと派生形があります。

ベニガオザルはAGA

ベニガオザルがハゲるのはテストステロンレベルが高いから

ベニガオザルがハゲるのはテストステロンレベルが高いから。つまり、ベニガオザルは攻撃性が高い

これらを細かくネチネチ解説します。

■ベニガオザルはAGA

これは一番正確な表現です。

AGAとは、Androgenetic Alopeciaの略で、「男性型脱毛症」のことです。主にテストステロンの作用を受けて、毛が抜けることです。

男性型脱毛症のメカニズムはざっとこんな感じです。テストステロンは、毛根にある5α-reductaseという酵素によって5α-dihydrotestosterone (5-DHT)に代謝されるのですが、この5α-DHTが毛乳頭にあるアンドロゲン受容体に結合すると、髪の毛の産生と成長を止める作用を示します。結果として、ハゲます。

男性型という名前ではありますが、男性ホルモンとして知られるテストステロンが主要因とされているからであって、男性でも女性でも起きます。女性の場合は女性ホルモンのバランスが崩れることによる薄毛症状もあり、男性の脱毛症状とは異なる場合もあるみたいです。

いずれにしてもベニガオザルの場合はオスメスともに、特におでこから頭頂部にかけて「脱毛」することは事実で、この脱毛のメカニズムがヒトと同じようにテストステロン代謝産物5α-DHTによる毛髪の産生サイクルの停止によって起きていると言われています。

ベニガオザルがこの男性型脱毛症のモデル動物として実験に使われ、論文が出始めているのは1970年代頃から。論文を読むと、毛を剃られ、テストステロンを注射され無理やり禿げさせられたり、局所的に育毛剤の主成分のMinoxidilをいろんな濃度で注射されたり、あちこちの皮膚を頭に移植されたり、散々な目にあっているようです。

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ちなみにこれがベニガオさんのハゲ頭。

うーん、確かにハゲてるといえばハゲていますが、そんなハゲザルと言われるほどのハゲではないんだけどなぁ...

しかし、ヒトと同じメカニズムで起きる脱毛症がなぜベニガオザルだけにしか見られないのか?という理由は謎です。別に髪の毛が抜けるくらいのことは個体の生死を分ける重要な形質でもなさそうだし、ヒトに最も近い類人猿でも見られても不思議ではないのにな、と思います。予想される有りがちな結論としては、「全部調べたわけではないけどたまたまベニガオザルがそうだったからモデル動物になっちゃった」というところかな、と思っています。

ここまでは、まぁ正確な解釈なのですが、この派生系はちょっと怪しくなってきます。

■ベニガオザルがハゲるのはテストステロンレベルが高いから

これは、正確な表現ではありません。

ベニガオザルがハゲる理由を正確に言うと、「テストステロンが代謝された5α-DHTが毛根に作用し脱毛作用を示すから」であって、テストステロンレベル(濃度)は関係ありません。AGAは加齢に伴って進行するとされていますが、テストステロンレベルは加齢に伴って減少していきます。もし濃度が大きく影響するなら、ヒトの場合20代で一気に禿げ、そこから徐々に症状は緩和していくはずです。そもそも、テストステロンはAGAの主要因のひとつであって、症状の発生には他にも複数の要因が関係しているので、ハゲる=テストステロンレベルが高いは、間違いだと思います。

さらに、テストステロンレベルが高いというのは、何かと比較した表現です。ベニガオザルは他のサルよりテストステロンレベルが高い、と言うからには、比較実験をせねばなりません。私は「マカク属内でテストステロンレベルを比較した結果ベニガオザルが一番高い」という結果を示す論文は見たことがないので、もしご存じの方がいたら是非教えて下さい。

これを証明しようと思うと、同じ条件で飼育されている複数のマカク種の、血中なり尿中のテストステロンレベルを1年を通じて定期的に採取し、季節変化も含めてベースラインが高いということをデータで示す必要があるかな、と思います。けっこう大変な仕事です。

■ベニガオザルがハゲるのはテストステロンレベルが高いから。つまり、ベニガオザルは攻撃性が高い

ここまでくると根拠不明のデマです。

仮に、百歩譲って、ベニガオザルのテストステロンのベースラインが他種と比較して高かったとしましょう。そうであったとしても、後半にくっついている、テストステロンレベルが高いから攻撃性が高いは意味不明です。

テストステロンは、確かに攻撃性と関係があるとされています。しかしそれは、「テストステロンレベルがベースライン(通常時)よりも高くなった時に攻撃性が増す」という意味だと理解します。なので、他種よりもベースラインが高いといっても、その種にとってそれが普通なら、何の影響もありません。常に興奮して攻撃的になっているという解釈にはなりません。


ベニガオさんは、確かにハゲはハゲです。でもそんなにツルピカになるほどのハゲではないし、「よく見れば確かに薄い」レベルです。おまけに、育毛剤やら何やらの開発のためにさんざん酷い目にあわされてきています。なので、ハゲでいじるのはやめてあげてください。他にも可愛いポイントがたくさんあるので、そっちに注目してあげてください。


ベニガオザルは平和主義者

これは結構難しい問題です。発言者が何を根拠に平和主義と言っているかに依存するからです。多くの場合、ベニガオザルが持つ「平等主義的社会」という単語のインパクトが強くて、それがいつの間にか「平和主義」に置き換わってしまっているように思います。

厳密に言えば、「平等主義的社会」というのは、「平和的」ではありません。平等主義的社会というのは、いくつかの行動特性によって特徴づけられる社会ですが、一番わかり易いのは「順位関係が曖昧だ」ということです。

順位関係が曖昧だと、どうなるでしょうか。

例えば順位関係が厳格な、専制主義的社会と言われるタイプのニホンザルの場合、ケンカが起きそうな場面で、ケンカの相手が自分より強いか弱いかがすぐに分かります。相手が自分より弱ければケンカを仕掛けるし、自分より強ければケンカを回避する、という意思決定がなされます。自分より強い相手にケンカを仕掛けられれば、反撃しても勝ち目はないので逃げます。代わりに、自分より弱い個体を探して八つ当たりしたりします。転嫁攻撃と言われたりします。こうしてケンカの連鎖は強いものから弱いものへと流れていきます。

順位関係が曖昧なベニガオザルの場合、ケンカが起きそうな場面で、ケンカの相手が自分より強いか弱いかはハッキリしません。なので、相手に攻撃されたら、カウンター攻撃と言われる、いわゆる反撃が起きます。平等主義的社会とは、「やられたらやり返す」社会といってもいいでしょう。当然、小競り合いも含めたケンカの頻度は、専制主義的社会を持つ種に比べ高くなります。全然平和的ではありません。

一方で、ベニガオさんたちには、こうした頻発するケンカを事前に収める手段が発達しています。ケンカになると、それ以上事態がエスカレートしないように、「まぁこのへんでやめておこうよ」という両者の合意がなされます。それが、和解行動です。腕を噛んだり、相手の肩を抱いたり、キスをしたり、金玉を握りあったりします。

なので、平等主義的社会=平和主義的社会、というわけではありません。「平和主義」に見えるのは和解行動のおかげあり、平等主義的社会の特性はその前提条件でしかありません。全然平和ではない社会の中で、ベニガオさんたちは努力して「平和」を維持しているのです。

ベニガオさんを「平和主義者」という根拠は、「和解行動が発達しているから」という点を、是非意識してみてください。


ちなみに、サルの社会性については、2020年夏におこなわれた「動物園飼育員と研究者が語る霊長類学オンライン体験講座#4「ヤクシマザルとベニガオザルの社会を比較する」」で少し解説しました。

以下のYouTubeリンクからご覧いただけますので、ぜひ見てみてください。


他にも、「ヒト以外で最初にオーガズムが発見された」とか、これから派生したと思われる「交尾の時にメスが音声を出す」などという情報も見かけたことがあります。前者は論文になっているので確かだと思いますが、後者は多分デマです。

私はベニガオザルの交尾音声についての論文を出していますが、ベニガオザルではメスではなくオスが音声を発します。それも、順位の高いオスが、権力誇示として発しているのではないか、という結論を出しています。

Toyoda, A., Maruhashi, T., Malaivijitnond, S. et al. Dominance status and copulatory vocalizations among male stump-tailed macaques in Thailand. Primates 61, 685–694 (2020). https://doi.org/10.1007/s10329-020-00820-7



もし「こんな噂あるけど本当ですか!?」というものがあれば、ソースともに教えて下さい。調べて解説していきたいと思います。

国内で飼育動物園が一箇所しかない激レア&超マイナーのベニガオさん。

彼らに関するちゃんとした情報の普及も、私の仕事のひとつです。

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
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第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
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第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
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第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
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第13話「サルたちの名前の付け方の話」
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第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d
第15話「タンブン行為で私が心配していること」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd1360f5568af
第16話「タイ生活の必需品、プラクルアンとは?」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n6bcc5b875bb5

タイ南北調査特集はこちらから↓
第17話「南北調査シリーズ開始&YouTubeチャンネル開設のお知らせ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ncab1c13b6bf9
第18話「南部調査その①:Puckerを拝みに...キタブタオザル編」
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第19話「南部調査その②:白いメガネが印象的!ダスキールトン編」
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第21話「南部調査その④:アナタどこにでもいるわね!カニクイザル編」
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第22話「北部調査その①:黄金の赤ちゃんを求めて〜ファイヤールトン編」
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第23話「北部調査その②:ガイコツの隣でうんち拾い...アッサムモンキー編」
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第24話「南北調査おまけ:噂のココナッツモンキーを求めて−モンキースクール編」
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第25話から調査地シリーズに戻ります↓
第25話「年に一度の風物詩!コウモリ集団飛翔の撮影秘話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n0b4911b372e2
第26話「気づけば部屋が虫だらけ!マレーンマオ大量発生の悲劇」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n264fade216ea
第27話「思い出いっぱい!タイで購入したmy冷蔵庫の話」
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第28話「クリスマスにひとりで死にかけた話」
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第29話「調査地での同居人・チンチョッとの日々のあれこれ」
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第30話「30回更新記念:タイサル!シリーズの振り返りと今後について」
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第31話「雨の日の定番!カエルの唐揚げができるまで」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n46e0aa051425

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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