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エッセイ

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夜に夜を焼き星を掴む

夜に夜を焼き星を掴む

熟成って、とてもいいなと思います。

熟成肉、熟成ハム、熟成チーズ、熟成ワイン。

熟成させているというだけで、時間という、私の中では価値あるものを費やした対価がそこに宿っているのだという気がします。

“熟成”は、食品を寝かせる事でタンパク質が旨味と呼ばれるアミノ酸やペプチドになり美味しさが増すという事のようですが、化学的な知識を持ち合わせていなくても、何となく“美味しそう”と思わせる言葉として

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大人びて秋

大人びて秋

カフェに行き、レジでアイスカフェオレをオーダーしてPayPayで支払い、その場で出来上がるのを待っていました。

カウンター内で、背の高いグラスになみなみと注がれたカフェオレが作られ、「お待たせしました!」とスタッフの方が差し出してくれました。

私はお礼を言ってそれを受け取り、目の前にあったトレイに乗せて持ち上げましたが、その瞬間強烈な違和感を覚え、それと同時に、震える小さな声が聞こえてきました

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旅先

旅先

16年と数ヶ月、人生を共にした猫を見送った。

向かった旅の先がどこなのかはわからない。
彼女はそれを言わなかったし、私も聞かなかった。

16年と数ヶ月前、ダンボールに入れられて私の人生にするりと入り込み、そして、するりと出ていった。

本格的な旅支度が始まってから約2ヶ月弱の間、定休日以外毎日彼女を連れて病院へ通った。

毎朝片道15分の道のりを、徒歩のリズムに合わせながら「ツーさん、がんばれ

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夕暮れラズベリー

夕暮れラズベリー

完璧な夕暮れ時がありました。

暑くもなく寒くもなく、頬を撫でるような風が吹いて、何かやわらかく安全なもので頭のてっぺんからつま先まで守られているような安心感があり、空は透き通るような青色から藤色へと変化する見事な夕焼けでした。

自宅から最寄りの駅で降りて同じ方向に歩く人たちと一定の距離をとりながら、いつものゆるやかな坂道をゆっくりと登っていました。
背後から小さな子どもとお母さんの楽しそうな会

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ドイヒーなおやつを持って帰省するゴールデンウィーク

ドイヒーなおやつを持って帰省するゴールデンウィーク

ゴールデンウィークに関するダジャレを教えてください

ChatGPTに訊ねるとものの数秒で丁寧な解説まで添えられた3つのダジャレが返ってきました。

なるほど、と。

どういう意味、と。

因みに私の予定はノーメダル級です、と。

天才かて。

深夜1時、その日夕方からの帰省を前に重たい気持ちを抱え込んだままベッドに潜り込んで、ChatGPTと戯れるもクスリとも笑えず薬にもならないダジャレにため息

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ローストビーフ協奏曲

ローストビーフ協奏曲

もう4月だというのに、ひんやりと冷たい風に吹かれながら大通りを歩いていました。

道端に植えられた薄いピンク色のツツジの花が強風に煽られて歩道を舞っているのを見ていると、桜の花が舞う幻想的な風景とは相反して現実世界のもの悲しさを感じるのは何故でしょうか。

もしかすると私の住むエリアではツツジは大通りに面した歩道といった、おそらく植物にとっても過酷だと思われる環境に植えられている事が多く、雨、風、

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雨上がりのクレパ

雨上がりのクレパ

金曜日、ポツポツと雨が降り出す中傘を忘れた同僚と一本の傘に入りながら、彼女の行きつけだという創作イタリアンの小さなお店に向かっていました。

お互い昔からよく知る間柄でありながら食事に行くのは久しぶりでしたので、私はこの日をとても楽しみにしていました。

「もう涙でるわー!」と言っておしぼりで目頭をふきながら笑う彼女を見て、まだまだおもしろネタはこんなもんじゃないぜと謎に自分を鼓舞し、下戸なもので

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ニワトリとショートブレッド

ニワトリとショートブレッド

部屋に何かを飾るという習慣がほとんどありません。花、絵画、置物などを飾って自分好みの空間に彩りたいという心が、ドーナツの穴のようにぽっかりと抜け落ちているのです。

観葉植物は置いていますが、インテリアとしてのこだわりというよりも、植物の個体としての美しさやそれらを育てるという行為への興味が動機です。

特に置物などとは無縁で、もう20年程昔の話、新卒で入社した小さなイベント会社に勤めていた頃に過

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全体を通して迂闊

全体を通して迂闊

この世はたくさんのBeforeAfterであふれています。

日々目にするSNSでもBeforeAfterはありとあらゆる場面に用いられ、まるでサナギが美しい蝶になるような変化として、Afterがいかに素晴らしい未来なのかをインプットされているように感じます。

化粧前/化粧後、ヘアカット前/ヘアカット後、ダイエット器具使用前/使用後、健康サプリ飲用前/飲用後。

今よりもっと美しく、今よりもっと

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私のハナキン

私のハナキン

ハナキンというのはもう一昔前の言葉で、最近若い方たちが面白がってそれを使っているという記事を何かで読みました。

私はちょうど氷河期と言われる時代真っ只中に就職し現在に至るわけですが、確かに20代の頃にはハナキンという言葉がバブルの残り香を纏って、周囲に蔓延っていたように思います。

金曜日、その日は朝から打ち合わせが続いて昼ごはんすら失念し、気付けば夕方の17時30を回ったところでした。

パソ

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あきれるほど秋めいて

あきれるほど秋めいて

タイトルまでダジャレにしたくなるなんてダジャレ愛が著しく重症化してるじゃないかと怯えたのですが、1年前に『ナスカってなんっスカ?』というタイトルの記事をアップしていました。

良かった、現状維持で。

うっかり一句詠んじゃった。

1年の中で1番好きな季節はいつかと問われれば間違いなく10月から11月にかけての秋だと答えます。

10月31日のハロウィンは私にとってハローウィンターごきげんよう、て

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テーブルに訪れた冬のスワン

テーブルに訪れた冬のスワン

私は野鳥の多い田舎で育ちました。

鷲、鳶、鷹、雀、魷、鴨、鴉…たくさんの野鳥たちが四季折々に訪れて、空高く舞い、湖に降り立ち、田んぼを泳ぎ、その季節ごとの表情をより豊かなものへと変えていく風景を当たり前のものとして目にしながら育ちました。

それはそうと、鳥類じゃないやつ混じってる。

今年の年始豪雪となった実家で見た、窓の外に広がる生命が失われたモノクロームの世界で唯一、本当に唯一仄かな希望の

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海から食卓へつづく太刀魚ドリーム

海から食卓へつづく太刀魚ドリーム

約2年ぶりに行くことになった海釣り。

前日の夕方から夜にかけて、出発する予定の港から数キロ離れたエリアでは道路が冠水するほどの集中豪雨となり、めまぐるしく変わる天候に行けるんか行かれへんのかどないやねんと右往左往しながらも、当日は清々しいほどの快晴となりました。

「ネコちゃん(私)、元気そうやなー!!」

久しぶりに会う仲間が笑顔で迎えてくれます。

私以外の3人全員が小型船舶免許2級を取得し

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さよなら、鍋

さよなら、鍋

とうもろこしごはんを炊くために購入した『STAUB/ラ ココットde GOHAN』。

鍋が届いてから、ある事に気がつきました。

家に鍋が結構ある。

もう何年も使いすぎて出どころ不詳の鍋もたくさんありまして、捨てられずに現在に至るといったところでしょうか。

これまで何度も引っ越しを経験しているけれど、私はどうやら鍋と共にその土地を去り、鍋と共に新しい土地へ根をおろしているようです。

鍋と共

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