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私のハナキン

ハナキンというのはもう一昔前の言葉で、最近若い方たちが面白がってそれを使っているという記事を何かで読みました。

私はちょうど氷河期と言われる時代真っ只中に就職し現在に至るわけですが、確かに20代の頃にはハナキンという言葉がバブルの残り香を纏って、周囲に蔓延っていたように思います。


金曜日、その日は朝から打ち合わせが続いて昼ごはんすら失念し、気付けば夕方の17時30を回ったところでした。

パソコンから視線を外して窓の方に目をやると、オレンジとブルーが混ざり合う、燃えるような夕焼けが今まさに美しさのピークであるかのように輝き、私はそれをぼんやり眺めながら今日はハナキンかぁ、とそんな事をふと思ったのです。

老猫たちの姿が見えないのはきっと、片方だけ閉められたカーテンの向こう側で夕陽を浴びながら気持ちよさそうに眠っているからにちがいありません。

14歳になる彼女たちもまた美しく力強く命を燃やし、それでいて穏やかな余生を過ごしているような儚さも感じます。

眠る姿を少し眺めて癒されようかと仕事をしていたダイニングテーブルの椅子から腰をあげたところ、背後にあるキッチンスペースから“ガサッ”という大きな音が聞こえました。

何⁈と身構えた瞬間、時速130キロぐらいのスピードで老猫たちがキッチンから飛び出してきました。

時速130キロゆーたらJRの在来線営業最高速度やぞ。

絶対何か悪い事してたよな?

なぁ?

大抵の場合、私にとっては悪い事でも彼女たちにとってはそうでない事の方が多いのですが、そのスピードで逃げるなんて相当後ろめたい何かがあるのではと思い、キッチンをくまなくチェックしましたが特段いつもと違うところなど何もありませんでした。

ハナキンに何を楽しんでたのでしょうか。

お腹がすきましたので、パソコンの電源を落とし携帯と財布をかばんに入れて、自炊するか外食するかを決めずにとりあえず外へ出ました。

先程まで夕焼けに照らされていた街も、すでに夜へと姿を変えつつあります。

気持ちの良い秋の風に吹かれながら今日は何を食べようかなぁと思って歩いていたところ、ふと、少し先の歩道に異質なものがある事に気がつきました。

真っ黒な、正方形に近い、四角い何か。
真っ黒な、正方形に近い、四角い何か。

2回書くと不気味さが出る。

真っ黒な、正方形に近い、四角い何か。

3回書くともうええって、ってなる。


恐る恐る近寄って丁度足下を見下ろすような形でそれをまじまじと眺めました。


へえ。

焼きのりか。

焼きのりって一枚だけ道に落ちてる事もあるんやなぁ。


一旦納得して歩き出した途端に強烈な違和感が湧いてきました。

ないやろ普通ないやろ普通ないやろ普通ないやろ普通…と口に出してか出さずかわかりませんが、エヴァンゲリヲンのシンジくん並みに否定的思考を巡らせながらふと右手をみると寿司屋さんがありました。

焼きのりが一枚だけ道に落ちる事もなくはない。

あると思います。


それにしても道で焼きのりに遭遇するなんてハナキンどころかジミキンじゃないかとメランコリックな気分になるのは、ハナキンは誰かと飲んで食べて華やかに騒ぐものだという古き時代に良しとされた習慣が自分を縛り付けているのでしょう。

今の時代のハナキン、見せつけてやろうか。
誰に。



私はいそいそとLIFEへ行き(ジミキン)、
紅玉と野菜と納豆を買い(ジミキン)、
野菜炒めを作り(ジミキン)、
ひとり晩御飯を食べ(ジミキン)、

アップルパイを焼く事にしました(ジミキン)。

お菓子焼いただけ。
あまりにも紅玉が輝いていたもので。


まずはパイ生地から作ります。
相変わらずパイ生地は苦手ですので、慎重にレシピを見ながら混ぜていきます。

サクサクの生地になるかどうか
信じるか信じないかは
あなた次第


パイ生地が出来たら冷蔵庫で休ませ、次にアーモンドプードル、砂糖、卵、ラム酒を混ぜてクリームを作ります。

ペロっと味見するのがお決まり


生地もクリームも十分に休ませたら、成形の工程に入ります。

りんごは4等分した後、扇型の薄切りにしていきます。

“ふぞろいの林檎たち”
わかる方おられるでしょうか


パイ生地を伸ばし、真ん中にアーモンドクリームで小さな山を作ったら、まわりに薄切りしたりんごを重ねるようにして乗せていきます。

1cm角ぐらいにカットしたバターを散りばめ、ブラウンシュガーとシナモンを振りかけます。



190°で45分。

オーブンを開けると、そこにはセピア色に輝くゴージャスな花が一輪咲いていました。

“バラが咲いたバラが咲いた真っ赤な薔薇が”
わかる方おられるでしょうか


バラのような椿のような、凛とした美しさを放つアップルパイ。どうして心を奪われずにいられようか。

カットして、いつもの通りお気に入りの器に乗せてみます。


急に干からびた何か


あんなに力強く華やかだったのに、カットした途端に弱々しくなるのはどうして。アマビエのウロコ的になるのはどうして。

器との相性もあまり良くなさそうです。


しかし人は見た目によりませんし、お菓子もさもありなんです。

一口食べると、生地はしっかりとした力強さがありながら、サクサクした軽い食感も楽しめる素晴らしい焼き上がり。更にはアーモンドクリームが甘酸っぱいりんごと生地を上手くブリッジさせています。

私は美味しいアップルパイを食べながら同僚にお土産でもらった紅茶を飲み、焼きのりとの遭遇も含めて今週あった色んな出来事に思いを巡らせていました(私のハナキン)。

#日記   , #エッセイ , #スイーツ , #お菓子作り , #りんご , #紅玉 , #アップルパイ , #ハナキン

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