見出し画像

テーブルに訪れた冬のスワン

私は野鳥の多い田舎で育ちました。

鷲、鳶、鷹、雀、魷、鴨、鴉…たくさんの野鳥たちが四季折々に訪れて、空高く舞い、湖に降り立ち、田んぼを泳ぎ、その季節ごとの表情をより豊かなものへと変えていく風景を当たり前のものとして目にしながら育ちました。

それはそうと、鳥類じゃないやつ混じってる。

今年の年始豪雪となった実家で見た、窓の外に広がる生命が失われたモノクロームの世界で唯一、本当に唯一仄かな希望のような存在としてそこにあった真っ赤な南天の木にヒヨドリが止まり、小刻みに枝を揺らしながらそれをお腹いっぱいついばんでどこかへ飛んでいきました。

真っ赤に燃える希望が鳥の生命に変わった瞬間でした。

野鳥がはばたく姿はとても優雅で逞しく、人間はそれを遠くから眺める事しかできない存在として畏怖の念を抱きながら、そこに己の姿を投影する事でさまざまな芸術作品が生まれてきたのではないかと感じます。


バレエについて何の知識もなくそれでも圧倒的な鳥としての美しさに衝撃を受けたのは、20世紀初頭に活躍したバレリーナ、アンナ・パヴロヴナ・パヴロワが踊る『瀕死の白鳥』初めて見た時でした。

彼女が踊った『瀕死の白鳥』は、湖に浮かぶ傷ついた一羽の白鳥がもがき苦しみながら必死に生きようとする姿とその死を描いた4分間の作品で、後に彼女の代名詞となったそうです。

つい先日スケッチブックを整理していた際、ずいぶん昔にその美しい姿を写しとりたいと彼女の写真を見ながら必死で模写をし、納得がいかずに途中で投げ出した絵が出てきた事で、人は白鳥の姿になれるのだと感じたその時の衝撃を思い出しました。



夢中で描いた形跡がある
元写真:Wikipedia


未完の絵をみながら、もう一度じっくり描いてみようかという気持ちと同時に湧き上がってきたのは、スワンシュークリームを作ってみてはどうか、という歪な欲求でした。

ぶっちゃけ、模写ちょっとめんどくさいしな。

早速ネットの世界を彷徨い、もう10年近く前にどなたかが書かれた素敵なレシピを発見しました。

どうやら作るものは大きく分けて、シュー生地と、中に入れるクレームディプロマットとクレームシャンティと呼ばれる3つらしい。

まずはクレームディプロマットから取り掛かる事にしました。

ここで大切に保管していた、マダガスカル産のバニラビーンズの出番です。

佃煮じゃないとは言わせない


あいかわらず見た目と果たす役割が著しく乖離しているバニラビーンズですが、魅惑的な香りをただよわせてシュークリームへの期待感を高めてくれます。

牛乳やグラニュー糖、卵黄などの材料を手順よく鍋に入れて混ぜ合わせ、即座に粗熱を取って冷蔵庫で休ませます。

こうやって冷やしなさいとレシピに書いてた
嘘じゃない



シュー生地も鍋に材料を入れて混ぜ合わせた後、ボウルに移し替えて溶き卵を入れながら滑らかにしていきます。
これが白鳥の、あたま、からだ、しっぽを形成する重要な生地になります。

あたま、からだ、しっぽ
あたま、からだ、しっぽ
あた、、、


クレームシャンティは生クリームに砂糖を入れて泡立てるだけです。

3つが揃ったら、いよいよシュー生地を焼いていきます。からだの部分はまだ良いのですが、あたまの部分の絞り出しが不安です。

YouTubeでコツをさぐりながら何度か下絵でシミュレーションを重ね、万全の体制で挑みました。


完璧なまでのカーブはそれだけで既に白鳥
またはS字フック


果たして下絵は役に立ったのか


回を重ねると何となくカーブの描き方が手慣れて来るので楽しくなって、私はリズミカルに
何個も何個も絞り出しました。

そしてふと、思いました。

他の鳥類も作れるんじゃないか、と。
少し冒険してみてもいいんじゃないか、と。



これだーれだ



冒険の仕方を間違えました。
私はただアヒルのくびを作りたかっただけなのです。


からだの部分は美しい


全てのパーツが焼きあがって驚愕したのは、白鳥のからだが8個、白鳥のくびが40個、白鳥のしっぽが30個、アヒルのくびになりそこねたものが6個だという事実です。

さすが小学生の頃数学のテストで40点以上取った事がないだけあって、算数の概念形成がなされぬまま大人になったようです。

8個のからだに対してそれぞれ5個白鳥のくびをつけるという解決策も思いつきましたが、ひとまず理想的な白鳥を目指して組み立てていく事にしました。

からだのパーツを半分にカットし、更にその片方を半分にカットして羽を作ります。
2種類のクリームをおなかにあたる部分の中に詰め込んで、くびを付けた後羽を飾り付けます。


仕上げはお決まりの粉糖マジック。


ねぇ凍えてるの…?



なんでしょう。

瀕死の白鳥にトリビュートしたかったわけではないのに、寒そうに凍える白鳥が2羽静かに生命が尽きるのを待っているような物語が見えます。

イメージしていたのは、いきいきとした生命を宿して湖に降りたった躍動感溢れる白鳥なのにおかしいな。

私はもう1羽、組み立ててみる事にしました。
羽を付ける向きと角度が問題なのだと気がついたのです。


ファサァ

今まさに越冬地の湖に降り立った白鳥が1羽、厳かに羽を閉じようとしているようにも思えますし、器の上に輝く湖面が見えてくるではありませんか。あくまで私だけですけど。

しばらくうっとりと白鳥を眺め、さて味はどうだろうかとティータイムに入ろうとしたところでまた驚愕したのは、白鳥を3羽も食べなければならないという事実でした。


シュークリームは2種類のクリームを使ったことによって濃厚さを極め、とても美味しく仕上がっています。

1羽で十分な白鳥を何とか3羽たいらげ、残りのパーツとクリームは組み立てずにそっと冷凍庫で眠らせました。



くび 残り37個


#日記   , #エッセイ , #スイーツ , #お菓子作り , #白鳥 , #スワンシュークリーム , #白鳥の湖


この記事が参加している募集

至福のスイーツ

レシピでつくってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?