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ガジュマルの樹の下の、美しい恋人たち





〈HERO COFFEE〉at KOTA LAMA histric dist.



オランダコロニアルの影響を濃く残す内装の〈HERO COFFEE〉






土曜日のKOTA LAMA歴史地区

散歩の途中で寄った、〈HERO COFFEE〉の顔なじみの女性スタッフに訊いてみた


ー”ここKOTA LAMAには、一眼レフを持ったプロのカメラマンたちが多いけど、かれらは特に若いカップルに声をかけて、そして写真を撮っているように思える。交渉して写真を撮り、報酬を受け取っているのだろうか”



そのやや目が吊り上がった、どこか小悪魔を思わせる女性スタッフは綺麗な英語でこう答えた


ー”ええ、そうなのよ。プロアマを問わずに、ここには多くのカメラマンが集まって、恋人たちに交渉して写真を撮っているの。記念撮影みたいなものね。わたしも以前付き合っていた彼と何枚か撮影したもらったことがあるわ”

わたしは頷き、さらに訊いてみた

ー”いったい、いくらくらいで撮影しているのだろう”


<HERO COFFEE>


彼女が答えた金額は、果たして妥当なものなのかはわたしには検討がつかなかった


安いといえば安いし、高いといえば高い。微妙な金額だ

彼女は続けた

ー”ひょっとしてミスターも?やるの?(撮影するの?)


KOTA LAMA歴史地区 2023年6月24日撮影


そのつもりだった
しかし、現地人からお金を取って撮影しようとまでは思わない
わたしが使うのはディジタルの一眼レフなのだ
フィルムカメラと違い、ほとんど無制限で撮影できるので、元手などは一切かからない

それに

最近は自分自身の写真にうんざりし始めていたのだ
それはあくまで〈質〉の問題ではなく、〈対象〉の問題としてだ・・・


KOTA LAMA歴史地区 2023年6月24日撮影


例えば自分のInstagramのアカウントの写真群を見返すと、さすがにうんざりしてくる
大多数を占めるのが、料理のいわゆる〈ぶつ撮り〉

いわずもがなだが、古今東西の一眼レフで料理を撮れば、誰だってそれなりに綺麗に、そして美味しそうに撮れるものなのだ(実際は美味しくないものもかなりある)
そこでは「腕」は一切問われない

実際、料理を撮影するときはカメラ機能の〈おまかせモード〉的な簡素な設定で撮ることがほとんどで、ただ惰性で撮り続けているだけだ

惰性で撮影し、惰性で短文を書き、惰性で投稿を繰り返す・・・

ここ一か月はInstagramのACは完全に削除してしまおうかと自問自答の繰り返しだったのだ

それはひとまず自分の<未決>の引き出しにしまっておくことにして

では、料理以外に何を撮ろうか

ここKOTA LAMAに通い始めて、朧気ながらもようやく新たな〈対象〉が見つかり始めた

それは最近、偶然にも撮影に参加させてもらった、ファッション誌のシューティングであり、美しい台湾人の花嫁の撮影がきっかけだった


PORTOLAITポートレイト


それに、ここKOTA LAMAはこれほど美しい地区なのだ

インドネシアも首都ジャカルタを初め古都ジョグジャカルタ、海辺のジェパラ、古代遺跡のヴァンドゥンガンなど、様々な土地を歩いてみたが、KOTA LAMAほど美しい場所はないように思えている

いや、確かに植民地コロニアルの風景だけみれば本場ヨーロッパの美しさには明らかに劣るだろう

しかし、こうした植民地コロニアルの歴史を濃く残す町並みに、例えばイスラム教徒の女性が頭から被るジルバブヒジャブ、そのこの地特有のオリエンタルな文化が溶け込んで初めて生まれる一種独特の空気と風景が、カクジツにKOTA LAMAに存在しているのだ・・・

カウンターの隣で、小悪魔ちゃんはこういった

ー”ミスター?もしも写真を撮るなら、わたしと彼も撮ってくれないかしら?
この前まで付き合っていた男はろくでなしのクズでー”

わたしは笑いながら頷き、”わかったよ。そのうちに予定を合わせて撮ろう”


KOTA LAMA歴史地区 2023年6月24日撮影




やってみるか
インドネシア人に対象を限定したPORTLAIT

目標はー

そう、目標はとりあえず〈100人〉、あるいは〈100組の恋人たち〉




〈HERO COFFEE〉から撮影の中心地ともいえる〈ガジュマルの樹の路地裏〉はすぐだ
1ブロックも歩かず、角を曲がってすぐなのだ

その角を曲がると、やはりというか、いきなりインドネシア人の若いカップルに出くわした

かなり若いように思える。10代・・・それもひょっとしたら高校生くらいの若さなのかもしれない

わたしが日差しを避けた木陰でこのふたりを観察していると、いかにも若さだけが持つ特権的な初々しさをみてとれた

すでに30代くらいの一眼レフを肩から下げたインドネシア人のカメラマンがこの二人に声をかけ、〈交渉〉を始めているようだったが、若い2人はもじもじしながら、同時にうにうにしている・・・


交渉は成立しなかったのだろう
やがてカメラマンが去って、別のカップルに声をかけ始めた


そこでわたしの出番となる

彼氏の方にカタコトのインドネシア語で問いかけてみる

ー”よければわたしが撮影しますが?”

彼氏はびっくりした顔でわたしを見返した
その驚きは、あるいはわたしのブロークンなインドネシア語のせいだったのかもしれないが、彼のインドネシア語もわたしに負けず劣らず難解だった

自信はないが、彼が話すのはおそらくはジャワ語だったに違いない
要するに方言だ
インドネシア語の〈標準語〉ではない独特のイントネーションを聞き取れたからだ

彼はいった

ー”イッタイ、イクラナノデショウカ?”

お金は要りません、と答えると、今度は彼女の方が警戒しはじめた
かなりしっかりしている子なのだろう

〈ただより高いものはない!!〉とその曇った表情が物語っていた

わたしは苦笑し、簡単に自己紹介から始めることにした

日本人/プロのカメラマンではない/仕事でスマランに赴任している/カメラはあくまで趣味だということ

わたしのインドネシア語はもちろん完全ではなく、ところどころの単語は英語を使ったが、何とか意図は伝わったようだった

彼女も次第に警戒を解き、表情が緩み始めた

ー”ホントウニ、FREE?”

彼氏が念を押すように確認してきたので、”Of Couse!!(もちろん!!)”と気前よく回答する

ただし、わたしのSNSでは公開することになるかも知れません

2人は、それくらいなら問題ないよね?とお互いの目を見つめ合い、そしてわたしの方を見て頷いた

交渉成立

撮影開始!!
わたしのポートレイトのある意味では、デビュー戦!!


ガジュマルの樹の下に2人で立ってもらい、わたしが2人に唯一注文したのは

”Take it easy!!(気楽にいきましょう)

すると不思議と、2人は向かい合って見つめ合い、手を握り始めた

おそらく、あらかじめ2人で決めていたのだろう
プロでもアマでも構わず、とりあえずKOTA LAMAで撮影してもらう際のポーズを・・・


かなりご緊張の彼女さん
なかなかカメラに目線をくれない(笑)


ファインダー越しにこの2人を〈観て〉いると、わたしがこの恋人たちに強い好感を持ち始めているらしいことに、すぐに気がついた

特に、この彼氏さん

おそらくはここSemarangスマラン近郊の名もないような田舎町から彼女を連れてデートに出向いてきたのだろう

懐具合はかなり寂しく、というより危機的な状況で、とても服装にまでお金を回せなかったに違いない

自分の部屋にある、一番上等なシャツを着こんで来たにちがいないと、傍から見て簡単にそう思えるからだ

皺のない綺麗なシャツ
しかしジーンズはかなりくたびれていて、青いスニーカーは前夜に磨いてきたか、この日の為に履かずに大事に保管しておいたか・・・

すべては大好きな彼女とKOTA LAMAでデートするために

2人を撮影しながら、思わず日本語で”いいなぁ”と呟いてしまいそうになった


初々しい恋人たち


誰だって10代の若い時代には金がないものなのだ
しかしそれを無視するかのように素敵な女性はほとんど突然、目の前に現れてしまう
そうした強烈なジレンマを誰しも若い時代に経験するが、それは男ならば誰しもが通る道なのだ

初めから全てを持っている男など、この地球上にはいないのだ

先進国にはいるのかも知れないが、そんなヤツはどうせ大したことの男に違いない


本日のBEST SHOT
しかし彼女さんの緊張が解けない・・・(笑)


30枚ほど撮影し、最期に彼氏とWAを交換し、今夕には送りますと伝える

彼氏はまだわたしのことを疑っているのか

ー”あのー?ホントウニ、オカネは払わなくてモいいのデショウカ?”

わたしは苦笑し、”ええ、大丈夫ですよ”、軽やかに答える

本音をいうと、逆にこちらからいくらか払いたい気持ちがあったのだ

本当に素朴、いや、純朴な2人

偶然に知り合うことができたが、本当に愛らしく、そして美しい2人だった


去り際に彼氏に訊いてみた

ー”この後はどうするんですか?”

彼はいった

ー”2人で〈SPIEGEL〉でピザでも食べようと思っています”

ー”それはいいですね。あの店にはわたしもよく行きますよ。”

この彼氏は、彼女のためにおそらくは背伸びをするように〈SPIEGEL〉に連れて行こうとしているに違いない

大好きな彼女と熱々のピザ

世の中にこれほど素晴らしい組み合わせは、ひょっとしてないのかもしれないな

〈SPIEGEL〉の価格が高いか安いのかは、わたしはわからない
しかし、10代の男にとって高いことは間違いないだろう

そして、〈背伸び〉をして初めて伸びる〈背たけ〉もこの世界にはカクジツに存在するのだ


去って行く2人の背中を見ながら、一瞬、間抜けなことを思いついた

ー”おれがご馳走するから、〈SPIEGEL〉で一緒にピザとパスタでも食べましょうか?”

だがすぐにその考えを打ち消した
彼氏にしてみれば、それこそ余計なお世話でしかないと思い至ったからだ

そして2人は仲良く手を握りあい、ガジュマルの樹がある路地を曲がり、雑踏のなかに紛れ、やがて消えていった
















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