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心理学、精神分析、心の問題、悩み

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#ショートショート

枷の行列

枷の行列

駅裏でKは順番を待っている。中央駅のプラットホームから、コンコースから、次々と発着する臨時列車に乗ろうとして、人々が溢れている。不自然に無口な行列の、その最後尾に並んでいるのだ。お行儀よく、ただうなだれる人々は、よく見れば、羊——。

羊たちは、各々、爪先立ちでぴょんぴょん小さくジャンプして進む。ふわふわの毛を、たがいに隙間なく寄り添わせている。新たに到着した車両の数だけ、順々に前へ進んでいく。並

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【ショートショート】自首キャンペーン (2,873文字)

【ショートショート】自首キャンペーン (2,873文字)

 ベッドの上でYouTubeを見ていたら、スキップできないCMが流れて、総理大臣が神妙な面持ちで語りかけてきた。

「自首キャンペーンのお知らせです。本日、刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律が施行され、全国の警察署に自主専用窓口が開設されます。本日中に自分の罪を正直に告白した人は漏れなくすべてが許されますので、どしどし自首をしてください。あらゆる罪が対象です。なお、この機会に自首をせず、後日、

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【ショートショート】少子化問題と言われても

 夜。
 俺は、職場の同僚である沢木と居酒屋で酒を呑んでいた。
 歳が同じ29歳だからか、他の同僚たちよりも沢木とはよく話が合う。
 すると、沢木は……。

「ぶっちゃけて聞くけどさー。お前って、今、彼女居るの?」

 思わず、飲んでいたビールを吹き出した。

 ……。

 今年で30歳になる俺だが……。
 恥ずかしながら、彼女がいたことも、女性と付き合ったこともない……。
 それどころか、女性と

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徒然物語125 ロとノ 

「会議の準備を頼むと言ったのに、なぜあんなに中途半端なんだ?」

「えっ会議室ですよね?課長のご指示通り、机と椅子を並べましたけど…」

「何を言っているんだ?ちょっと、ついてきなさい。」

ガラガラ

「見てみろよ。机が真ん中に4つ。若干斜めにカーブしながら置いてあるだけじゃないか。これのどこが私の指示通りなんだ?」

「えっ?課長、机を” ノ ”の字に並べておいてくれって、おっしゃったじゃない

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鈍色の代筆

鈍色の代筆

Kが公園を散歩していると、小さな女の子がめそめそ泣いている。大切なお人形を失くしたという。あまりにいたいけな様子を見かね、Kは白い嘘をつく。お人形さんは旅に出たんだよ、と。女の子はまだ字が読めない。そこでKは、さらに白い嘘を重ねる。

「旅先からちゃんと手紙が届いてるんだ、このおじさんの家へ。お嬢ちゃんは字が読めないからって」
「そうなの? 見せて?」
「今日は家に置いてきちゃった。明日、持ってき

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インディゴブルー

インディゴブルー

地下鉄の車内で、Kは窓の外を眺めている。靴を脱ぎ、子供のようにちょこんとシートの上で膝立ちになっている。

停車駅でダチョウが乗り込んでくる。ぎこちない足取りで、ダチョウは空席を捜す。大型鳥が腰を下ろせるだけの余裕はどこにもない。乗客たちはひどく迷惑がる。ダチョウはぎょろりと車内を見渡して、自身の存在を誇示するように羽をばたつかせる。それから、ひょいと吊革に首を突っ込む。重症のムチウチ患者が、包帯

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天ぷら不眠【毎週ショートショートnote】

天ぷら不眠【毎週ショートショートnote】

天ぷらうどんは、うどんと野菜や海鮮を揚げたサクサクとした食感の天ぷらを組み合わせたものだ。関西では「天ぷらうどん」はエビ天が主流になる。

料理人の私は長年、この天ぷらうどんに疑問を持っていた。

衣に出汁を浸して食べるのが好きな人もいるが、出汁に天ぷらの衣を浸してしまうとサクサク感がなくなり、食べる際に衣が剥がれてしまう。

かといって、別に出してしまうと「天ぷら定食」になる

美味しい天ぷらを

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選評「便器の騎士」

選評「便器の騎士」

今回の佳作に選ばれたこちらの作品ですが、注目すべき点はいくつかあります。まず、バケツを便器に置き換えることによって生まれる、テキストの異化作用ですね。それを、原作を忠実になぞりつつ最後まで完走したのは、称賛に値すると思います。カフカに負けじ劣らず、というより原作者カフカのおかげで、老いの哀しみ、折れた自負心、とでも言いますか、それが現代の後期資本主義的な抑圧と静かに相対しており、便器にまつわるアイ

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陰謀論は幸福論

陰謀論は幸福論

 屁たれラップのカリスマと呼ばれるヘブラ横井が、ある人の訪問を受けた。
 ビルの一室で、ヘブラは誰もいないのに格好つけたポーズである人を待っていた。
 ある人はヘブラに『説明』をした。
「バカ政府が国民の個人情報を安く売り飛ばしている。バカ政府が情報の管理をネット業界最大手のアマソンに任せている。アマソンに天下ったモホリカ合衆国の諜報機関トップのアレクッサが、その情報を悪用するだろう。
 バカ政府

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『コントな文学集・第二集』

『コントな文学集・第二集』

『コントな文学集・第二集』

【目次】

『芥川賞作家なのに親近感』
『ベーブ・ルースや軽自動車の所有者のように』『Z世代からの提言』
『憧れていたプロポーズ』
『ファーストキス』
『地獄すぎる』
『人生200年時代』
『話が入ってこなかった』
『心配性inサンポートホール高松』
『佐倉莉子(Fカップ)と密室殺人事件』
『心が泣いている』
『日本一のサッカー選手の秘密の夢』
『絶望の瞬間』
『もっ

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錯乱

錯乱

16世紀のプレミア・チケットが手に入り、Kは大学都市へ向かう。広場は観衆でひしめきあっている。三日目のフィナーレに突入したようで、異様な興奮に包まれている。とりわけ刑場の周囲は、見物場所の確保に忙しい人だかりだ。前日の、メアリー・スチュアートの公開処刑が、よほど盛りあがったらしい。牛をひく田舎者も、売春宿の女将も、人々はいまだ余韻に浸っている。「あれこそ女王として完璧な最期だな」「あんなに綺麗な死

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アクアリウムにて

アクアリウムにて

ひときわ大きな水槽のなかで、潜水夫がふわりふわり作業をしている。時代物の、頭部をぐるぐる捩じ込むダイビング・スーツを着ている。宇宙服のようだ。水槽の底にはテーブルと椅子が並び、椅子の数だけランチョン・マットが敷いてある。どうやらディナーの準備をしているらしい。銀の皿、銀の盃、ナイフやらフォークやら、なにもかもをセットできちんと揃え、潜水夫は準備に余念がない。そのうち、彼の瞳の奥に湛えられた哀しみが

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安息日

安息日

コンドームに穴を開けられる。

おそらくピンで一突き、密封した袋ごと刺したのだろう。

気づいたのは、女が神妙に、それでいてどこか勝ち誇ったように、ほくそ笑んだからだ。例によってコトが終わり、一服しようとKが火を点けたときのこと。なぜか女はシャワーに向かわず、仰向けに寝ているKの下腹部を覗き込んだ。にんまり「おめでとう」と言った。

げんなりした局部の先っぽには、はちきれそうなゴムの膨らみが白濁色

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トイレ代行サービス - ショートショート -

トイレ代行サービス - ショートショート -

新生児とともに帰宅した妻は、トイレが苦痛で仕方がないという。産後の傷におしっこがしみる、ビデと消毒がしみる、そもそも歩くのがつらい、などなど、口は達者だ。
「あなた、わたしの代わりにトイレに行ってくれない?1回100円で、お小遣いアップするから。ね?」
産院で紹介された、尿道装着チップの話か。
カプセル型のチップは、飲むと数時間で膀胱に到達するようにできている。膀胱と尿道をつなぐ器官である、内尿道

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