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トイレ代行サービス - ショートショート -

新生児とともに帰宅した妻は、トイレが苦痛で仕方がないという。産後の傷におしっこがしみる、ビデと消毒がしみる、そもそも歩くのがつらい、などなど、口は達者だ。
「あなた、わたしの代わりにトイレに行ってくれない?1回100円で、お小遣いアップするから。ね?」
産院で紹介された、尿道装着チップの話か。
カプセル型のチップは、飲むと数時間で膀胱に到達するようにできている。膀胱と尿道をつなぐ器官である、内尿道口をふさぐように装着されるらしい。
「チップはあるのか?」
「1セット、もらって帰ってきたわよ」
尿道装着チップは2種類ある。1つは、膀胱にたまった尿を回収するタイプ。もう1つは、回収された尿を放出するタイプ。つまり、妻が回収用チップを、僕が放出用チップを装着すれば、トイレ代行が成立する。産院を退院した希望者には、無料で1セット提供されるそうだ。
「じゃあ、やってみようか」
小言が減って、お小遣いまで上がるとなれば、容易いことだ。
妻は、僕が装着する放出用チップの番号を、回収用チップに入力すると、躊躇うことなく飲み込んだ。あとを追うように放出用チップを飲む。サプリメントがとおるような感覚が喉を刺激し、他に違和感はなく装着が完了した。その日から、僕は妻の代わりにトイレに行くようになった。

平均1分もかからないトイレの報酬が、1回100円だとすると、時給6000円の高給取りだ。これは儲かるかもしれない、と考えているうちに、妻の分の用を足しおえる。
「毎回ありがとう。すっごく助かるわ」
家事をしても、あたりまえだと無反応だったのに、トイレは感謝されている。それほどまでにつらかったらしい。このニーズを活かさない手はない。
「僕、副業はじめようかな。ネットで集客できる時代だし」
早速、利用者が多いと噂のクラウドソーシングサイトに登録をした。
『トイレ代行サービス。おしっこ1回100円』
契約も手続きも簡単。相手が回収用チップを入手したら、僕の放出用チップの番号を入力し、飲み込むだけ。会う必要もなく、面倒なやりとりも発生しない、手軽な商売だ。

トイレに立つ回数は増えたものの、利用者は順調に増え、妻の産休が明けるころには、三つ星レストランでお祝いができるほどの収入になっていた。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「え、また?何度もやめてよ。せっかくのフレンチなのに、お行儀が悪い」
「仕方ないだろう。仕事なんだし」
会社は思い切って退職した。業務に支障が出るほど、トイレが頻回になったからだ。ある程度まとめて放出するため、1回あたりのトイレ時間ものびている。個人で生計を立てるからには、順調に依頼が来ることはありがたい。問題は、夜間トイレに起きる回数が増えたことだ。子どもの夜泣きもあることだし、不眠にならないようオムツでもしようか。オムツは経費になるのだろうか。
「痛!!」
めぐる思考を、我慢しがたい痛みが中断し、赤い尿が放出された。結石だ。こんな使い方があったとは。この痛みが1回100円では、割に合わない。
「血尿が出たんだけど」
「食事中にその話やめてくれない?」
自分が回復したらそんな扱いか。出産には及ばずとも、相当な痛みをともなう。労ってはくれないものか。企業勤めなら労災レベルだぞ、と考えながらも、食べたこともない美味しい料理と、見たことのない妻の嬉しそうな笑顔に、もう少し辛抱しようと決めた。

半年も経たないうちに、僕はトイレから出られなくなった。24時間ひっきりなしに用を足している。放っておくとトイレから水が溢れてしまうため、こまめに流しながら、だれのものかもわからない尿を、昼夜問わず放出し続ける。オムツをしても、10分ともたない。便器の前には、食事用のテーブルと、仮眠用の枕が用意されている状況だ。
「このペースでいけば年収5000万円超えよ!すごいじゃない!」
「お金があってもトイレからでられなかったら意味がないだろ!」
喜ぶ妻には悪いが、病院に行くつもりだ。このチップを外してもらわなくては、生活ができない。尿道装着チップは5年で自然と体からでていくようにできている。それよりも早く取り出すためには手術が必要だ。
まずは、顧客全員分の代行契約を解消しなければ。契約期間を満了せずに解約をした場合、ペナルティが発生する。手術費用の負担もあるため、いくらかかることか。気が遠くなりながら、クラウドソーシングサイトを確認していると、案件募集の広告が目にとまった。僕の人気をまねた人がいる。
『トイレ代行サービス。おしっこ1回100円』

年収は無事、5000万円を超えた。今日も妻とレストランへ向かう。24時間途切れることのないトイレの代行を、1回100円でお願いして。


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